将棋マガジン1991年5月号、「忘れ得ぬ局面 観戦記者編 中平邦彦氏の巻」より。
もう一局は昭和51年秋、内藤九段対勝新太郎三段の飛香落ち。
「座頭市」で忙しい勝さんと「おゆき」で多忙の内藤。やっと取れた時間だった。所は京都・フジタホテル。プロの対局は午前10時開始だが、このときの開始は午後10時。加茂川の上に見事な月が出ていた。
勝さんは撮影の合間の15分で終局指すというほど早指しだ。それを知っている内藤は「ゆっくり指しましょうね」とやんわり忠告を贈るが、始まると、早い、早い。一本気で、天真爛漫の性質そのままの棒銀戦法である。
開始から5分ほどで図となった。
勝さんの狙いの正直さ、素直さよ。ちょっと強くなったわれらが忘れている剛直さを、反省と感動の気持ちで思い出したものだ。将棋は一番指したい手を、そのまま指せばいいのである。
図のあと勝さん、▲2四歩△3二銀▲2三歩成△同銀▲2二歩の好手を放って桂取りを確保したが、まぎれを求める九段の歩突きの手筋、△5五歩、△2五歩、△3五歩を「ええい、取れ、取れ」と全部取ってしまい、せっかく取ったはずの桂をするりと逃げられた。
「アイタタタ、なんにもくれないよ」
それから好敵手の大滝秀治のシオカラ声を真似て、「あれはこう言う。イタイ!イタイ!こら痛い。こんどの痛さは我慢できない」とやって、みんな腹を抱えて笑った。
しかし勝さん、プロの肉薄を剣ガ峰でこらえ、プロの「次の一手」出題のような問いかけ手に耐えて、とうとう勝ち切った。九段が投了したとき、勝さん、キョトンとし、それから破顔一笑して、いかつい顔をくしゃくしゃにした。
対局中、百ほど面白いことを言ったが、紙数もなくてとても書けぬ。
終わって記念に駒をもらった勝さん、盤もギョロとにらんだ。内藤所蔵のン百万の代物なのだが、勝さんに値段がわかるはずもない。「十万円のなら進呈したのに」と、あとで九段。
「小百合ちゃんは俺より強いかね」と勝さん、自信をつけて言った。後日、将棋を指したいがために吉永さんを出演させ、指したらしい。
▲7六歩△3四歩のあと、吉永さんが少考したら、勝さん「あんなに長考されては指せねえや」と呟いたとか。勝敗は聞いていない。
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勝新太郎さんと大滝秀治さんの対局、将棋の内容のみならず、対局中のしぐさ、表情、呟き、感想戦、すべてがドラマになりそうだ。
「イタイ!イタイ!こら痛い。こんどの痛さは我慢できない」は、いかにも大滝秀治さんが言いそうなボヤキ。
大滝秀治さんは、勝新太郎さんが最も信頼する役者の一人だった。
大滝さんは俳優として不遇な時代が長く続いたが、1971年の勝新太郎初監督の映画「顔役」で大滝さんは大役に抜擢されている。
大滝秀治-勝新太郎戦、お金を払ってでも見てみたい一局だ。
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内藤國雄九段は、この時の対局のことを近代将棋のエッセイで書いている。
ちなみに、勝新太郎さんは、1973年に映画『王将』で阪田三吉を演じている。
小春は中村玉緒さん、関根金次郎八段役は仲代達矢さん。
超豪華キャストだ。
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この対局の頃、勝新太郎さん主演で『新座頭市』がフジテレビ系で放映され始めており、内藤國雄九段は第20回「いのち駒」に出演している。
あらすじは次の通り。
江戸最強の棋士と言われた宗達(内藤國雄)は、同門の悪辣な真剣師・源三郎(石橋蓮司)と三百両を懸けた賭け将棋(三番勝負)を行うことになる。宗達の金主は大野屋。源三郎の金主は、源三郎に多額の金を賭けて儲けてきたイカサマの元締め・五郎蔵(小松方正)。
源三郎の妻おゆき(松原智恵子)は、かつては宗達と結婚を誓った仲・・・
三番勝負第一局は宗達が勝つ。
源三郎はおゆきに、宗達に負けるよう頼んで来いと強制する。
おゆきの頼みを宗達は承諾する。
ところが第二局、序・中盤は形勢不利だった宗達は途中から盛り返す。
そして封じ手。(宗達の封じ手は、その夜に源三郎が開封して見ている)
イカサマの元締め・五郎蔵は宗達に刺客を放つ。
利き腕の右手を襲われるなど重傷を負った宗達、二日目は知り合った座頭市(勝新太郎)が代指し(宗達が指し手を言って市が指す)をする。
そして、宗達が勝つ。(重傷の宗達は終局後運び出される)
怒った五郎蔵軍団は、源三郎に、おゆきをよこすか三百両を払うか迫る。
座頭市の怒りが爆発する。
この回を取り上げているブログがある。内藤國雄九段が演じる宗達の写真も。
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「小百合ちゃんは俺より強いかね」と言われた吉永小百合さんは、『新座頭市』の第14話「雪の別れ路」に出演している。
放送時期(1977年1月10日)からみて、内藤九段との対局が終わった直後に出演交渉したものと思われる。
このへんも、いかにも勝新太郎さんらしい。
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偶然にも、『新座頭市 いのち駒』が時代劇専門チャンネルで明日(10月15日)27:00から放送される。
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