加藤一二三九段の大ポカ

将棋マガジン1990年3月号、河口俊彦六段(当時)の「対局日誌」より。

二上達也九段-加藤一二三九段戦で起きた、加藤一二三九段の大ポカ。

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 困った二上は、またも▲3四金と苦しまぎれの手を指した。

図からの指し手

△6九銀不成▲8八玉△3四飛成▲4九金△2五竜▲9一角成△8五歩▲5五桂△5四銀▲8五竜

 ▲4一銀とか▲3四金とかのただで取られる手は、だめに決まっている。それをやってみる気になったのは、加藤に頼りなげな気配があったからだろう。なにやってくるの、といった見下ろした態度であれば、そういった手は指せないものだ。

 ▲3四金は、△同竜なら▲5八銀の意味。ところが、△6九銀不成とうまい手を指され、結局金をただで取られてしまった。それでも二上は▲4九金と粘る。加藤の残り1分が頼みの綱、というところだろう。

 もう加藤必勝である。△3八銀と打つのが確実だったらしいが、△2五竜でも悪くない。角に当て、▲9一角成のとき、△8六歩と叩き、▲同竜△8五銀と打てば終わっていた。

 これを逃して△8五歩と緩んだのが悲劇の発端。▲5五桂と急所に打たれて、ちょっといやな形になった。

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図以下、

△9四銀▲6三桂成△同銀▲2五竜△8五桂▲2二飛まで、二上九段の勝ち。

 ああ! なんという手だろう。さまざまなポカがある。しかし、絶対に見られないのは、△9四銀といった類のポカである。素抜きは食らっても、ちょっとした技との組み合わせの素抜きは食わない。注意力が働くからである。

 精神面でなにか空白状態が生じたにちがいなく、それも年のせいかな、と思わせるのである。▲6三桂成の一手で大逆転。△9四銀では、△5五銀と取るべきだった。

 終わったあと、加藤には珍しく感想戦を長くつづけた。二時間近くやって、終電の時間になったからと、二上や取り囲んでいた者たちが帰り支度をはじめた。記録係が駒を片づけている間に二上は出て行った。とりのこされた加藤は、コートを着たが盤を離れられず、腕組みして駒が並んでいない盤面を見つめていた。

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△9四銀は、敵玉を上部から押さえつける拠点作りの意味だったのだろうが、竜の素抜きをされてしまった。

大差の局面からの大逆転劇。

加藤一二三九段とは若い頃から100局近く戦ってきた二上達也九段(二上九段の49勝45敗)。

絶望的な形勢だったにもかかわらず、加藤一二三九段の頼りなげな気配を敏感に読み取っての粘りが功を奏した形だ。

まさに、百戦錬磨の勝負師の姿と言える。

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この対局が行われたのは1989年12月22日(金)。

時はバブル時代。

クリスマスイブが日曜となる2日前の金曜日。

タクシーが全くつかまらない典型的な夜だ。

当時は、六本木でさえ午前3時にならなければ普通には乗れない状態だったので、タクシーがあまり通らない千駄ヶ谷で乗るのは至難の業。

千駄ヶ谷から比較的近い場所に住んでいる二上九段までが終電を気にしているのは、このような背景がある。(新宿に飲みに行くつもりだったとしても同様の事情)

それにもかかわらず、一人残る加藤一二三九段。

無念さがより一層伝わってくる。