将棋世界1990年8月号、「羽生竜王、憧れの菊池桃子さんと念願の対談」より。
憧れの女性にいよいよ会えるとあってビシッと決めてきた羽生竜王。落ちついているなぁと思ったのですが、やっぱりそわそわしている雰囲気です。約束の時間にスラッとした菊池さんが到着。この日のことを聞きつけた先崎、森内の同年輩の仲間からはしきりに「いいなあ」が連発されました。5階の和室でいよいよご対面です。
羽生 今日はお忙しいところどうもありがとうございます。これ―。
(と言って緊張の面持ちで、用意した花を菊池さんに手渡す羽生竜王)
菊池 ありがとうございます。私、将棋のことあまり知らないんですけど、羽生さんのこと人に聞いたり、記事を読んできたんです。
羽生 光栄です。実は、菊池さんがデビューされたのが僕が中学に入った頃で、テレビで初めて見た時の印象が強烈だったんですよ。高校受験の頃にはラジオでよく菊池さんの歌を聴いていて、それでいいなぁって(笑)
菊池 嬉しいです。ところで、競馬の武豊さんと対談をされたんですよね。若い時から大人にまじって頑張っている人の活躍を見聞きするのは励みになります。「ああ、同年代の人があんなに頑張っているんだから私も」っていう感じ。
羽生 僕も武さんと会って話してみて、いろいろと刺激を受けました。
菊池 私は子供の頃から将棋というものに接する機会がなかったんですが、羽生さんはやはりお父さんから?
羽生 家族は全然。最初は友達に教わったんです。負かされて悔しくて、それで熱心にやるようになったんです。菊池さんは今何か熱中されているものがありますか。
菊池 熱中というか、私は日本古来のものが好きなんですよ。茶道とか華道とか、それから始まって今は陶器集め。今はそれが一番楽しいかな。羽生さんの趣味は?
羽生 やっぱり勝負事が好きな面がありまして、ゲーム類ならなんでも。
菊池 例えば?
羽生 最近ですと、モノポリーというボードゲームがあるんですけれど―。
(さて、菊池さんはモノポリーを全然知らず、羽生竜王は説明するのに四苦八苦)
菊池 何か羽生さんを見ていると、将棋の世界とはかけ離れたイメージがあるんですけれども。羽生さんは19歳を満喫なさってますか。
羽生 自分なりにはと思ってますが、なかなか時間がとれなくて残念な時もあります。菊池さんもハードスケジュールでしょうから、大変でしょうね。
菊池 そうでもないんですよ(笑)。でもたまたまあいた時間というのはすごく大切にしますね。
羽生 今のお仕事を選ばれて「よかったなぁと思うことありますか。
菊池 そうですねぇ、たくさんの人と会えるということが最高に嬉しいですね。羽生さんもそういう機会が多くなりません?
羽生 なりました。それでいろいろな世界が見えてきて。ただ反面、普通の大学生活とかに憧れることもあります。
菊池 私の場合は両方(仕事と学校)できたから。とっても欲張りだったかな。学生時代に仕事で海外へ行ったり、著名な方に会えたりしましたから。幸せですね。ところで、今将棋の他に一番楽しいことってなんですか?
羽生 忙しい時はなかなか続けて休みがとれないんですが、毎年春先(4月)に1週間くらいとって旅行に行くのが楽しみですね。
菊池 忙しいといっても子供の頃から将棋は趣味というか、楽しいことだったんでしょう?
羽生 (苦笑)。仕事になるまではずい分と楽しかったです。けれどもやっぱりこの道のプロになってみると違う次元のものになりましたから。だから息抜きの時間が楽しいということになってくるんですね。プロを目指さずにそのまま趣味にしていれば楽しかっただろうな、なんてちょっと思う時もありますけれど。
菊池 息抜きというか、気分転換は将棋にも影響してきますか?
羽生 ありますね。
菊池 何か、私は将棋というのは技術的なことが大半で、精神的なものはあまり関係ないと思っていたんですけれど、そうでもないんですね。私達の世界と同じような一面があるというか。
羽生 ええ、やはり体調の思わしくない時とか気分が今ひとつの時は悪い結果になることが多いです。菊池さんも仕事が嫌だなぁと思う時がありますか?
菊池 やはり体調の悪い時は。心の方にまで響いてきますから。ドラマなどで、悪いまま出ると自分が生き生きしてないなってすぐ判りますし、恥ずかしいなって思います。どうも私って基本的に元気でいればいいみたい(笑)。
羽生 同じです(笑)。気分が冴えている時は結果もいいですし。もっともたまにですけれどもね。
菊池 でも、そのたまにを逃さずにこれたから今の羽生さんがある訳でしょう?
羽生 ええ、うーん、いやいや(笑)。
(つづく)
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羽生善治竜王(当時)が19歳8ヵ月、菊池桃子さんが22歳1ヵ月の時に行われた対談。
羽生竜王が、素の20歳前の青年になって話をしている。貴重な記録だ。
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羽生竜王から菊池桃子さんに手渡された花は、バスケットに入ったものだった。
白い花をベースに、ピンク色の花とラベンダー色の花がアレンジされている。
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菊池桃子さんが映画でデビューしたのは1984年3月で、歌手デビューは4月。
1984年の4月は羽生善治三冠が中学2年になった頃のこととなる。
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私が菊池桃子さんを初めて見たのは、1984年4月23日(月)の20:30頃。
私は仕事で、あるテレビ局の生番組が行われるスタジオに詰めていた。
私が番組に出演するわけではなく、番組内の1コーナーで利用されるシステムの担当営業として、生番組に立ち会っていたのだった。何かトラブルがあった時のための待機だ。
菊池桃子さんはその日のゲストだった。(番組は前の週からスタートしていて、この日は第2回目の放送)
菊池桃子さんは司会者からインタビューを受けた後、デビュー曲の「青春のいじわる」を歌った。
後年、私は菊池桃子さんの大ファンになるわけだが、この時の印象は、「ものすごいオーラが出ているけれども、まだまだ高校生だし、特に好みのタイプというわけではない」というものだった。
担当するコーナーがこれからだったので、その緊張感から、菊池桃子さんのことを考える余裕があまりなかったということもある。
あの時、全身全霊を込めて菊池桃子さんを見ておくべきだった、と悔やんでいる。
ちなみにこの日、1984年4月23日は、渡辺明竜王が生まれた日だ。
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ところで、この対談の日の羽生竜王(当時)は、タワシのような髪型だった。
スポーツ刈りまたは坊主から通常の髪型へ戻す途中のような状態。
憧れの菊池桃子さんとの対談とこのような髪型の時期が重なったのは、いかなる天の配合か。
明日は対談の後半をお伝えしたい。
(写真:弦巻勝さん)