近代将棋1991年2月号、林葉直子女流王将企画、「島七段がディスコやカラオケが嫌いなんて、信じられますか -島朗七段とおしゃべり90分-」より。
この頃の近代将棋では、月替りで棋士が編集長を務める企画となっており、2月号の”今月の編集長”は林葉直子女流王将(当時)。
林葉編集長の企画の一つがこの島朗七段(当時)との対談だった。
ケロッとしてます
林葉 勝負に負けたあとはどうやって解消するのですか。
島 ぼくたちは一週間もすれば、元気な顔でつぎの対局やれますし、トータル勝負ですから、余りシビアに考えてもいけないんじゃないですかね。女流棋士のほうはタイトル戦が少ないから大変と思いますよ。
林葉 うーん、そうね。
島 林葉さんはどうするのですか。
林葉 私、この間、NHKの収録があったんですよ。中井さんと清水さんの三人でトモエ戦があって、私負けたのにケラケラ笑ってたら、「林葉さんは負けたのに明るいですね。何かいいことがあったんですか」と言われたけれど、ケロッとしてますね。
島 いいですね。ケロッとしているのが一番ですね。その点では負けに対するショックは男性のほうが多いかもしれないな。男の世界というのがあるでしょ。だから、負けの痛みというのは男性サイドから語られるほうが多いですね。
林葉 女性でも広恵さん(中井王位)なんか、ずっしりと胃が痛くなるような感じで、負けたときは呑みにいったりしますよ。あれだけ仲がよくても、終わったあとは違いますよ。
島 広岡監督のことばで「負けたら仕事をしたことにならない」というのがありました。じーんとくるものがあるね。ぼくの仲人をやってくれたお医者さんが「患者を死なせたら、仕事をしたことにならない」と言ってましたが、その点ではプロはみんな同じですね。
平手でも指しますよ
林葉 女流棋士はどこへいっても、みんな女流には勝てると思って、平手で挑戦してくるのにはまいりますね。
島 そうでしょうね。女流のレベルは飛躍的に向上しているのだけれど、アマチュアのかたは勝てると思っている人が多いよね。
林葉 そうそう。
島 そういうところが女流の人気のもとになってると思うし、平手が本当は指したいんですよ、アマチュアの人は。
林葉 島先生は平手でお願いします、って言われたら、どうします。
島 ええ、ぼくはそうしますよ。
林葉 男の先生って、みんなやさしいんですね。
島 はたちの頃からは、負けても恥じゃないと思うようになりましたよ。とくに多面指しの場合はね。
林葉 へーえ。喜んでもらえますけどね。向こうもそれだけ棋力があれば、何面指しがそれだけ大変だ、ということもわかるし・・・。
島 それにプロと指したいと思ってる人が多いということはいいことだと思うんですよ。ぼくたが一番寂しいと思うことは将棋を指す人がいないということなんですよ。よくホテルのお正月のイベントなんかで、あるでしょう。
林葉 そうそう。
島 いまの若い人たちは豊かさで育っているから、いくらお金がもらえるかよりも、自分のやっていることが、どれくらい意義があるかということのほうに重きをおいていると思うけど。
林葉 あっ、そうか。
島 もちろんお金も欲しいけど、お金もらっても将棋が指せないんじゃ、精神のハングリーさにまいっちゃいますよ。将棋に勝っても、自分の充実感と、みんなに評価される喜びがあるでしょ。
林葉 そうそう。
男性の魅力って・・・
島 林葉さんは花束をもらったことありますか。
林葉 ありますね。
島 祝賀パーティとか、そういうんじゃなくて、プライベートのですよ。
林葉 いくつぐらいでしょうね。
島 林葉さんは才色兼備だから、何十ってもらうでしょうけれど。
林葉 そんなにもらってないですよ。
島 将棋ファンて、シャイな人が多いから、スムーズに花束なんか渡しにくい雰囲気がありますね。
林葉 そうですね。
島 気のきいたプレゼントって難しいね。将棋を全然知らない女の子とデイトして、何時間も飽きさせないって大変な才能だな、って思いますね。
林葉 あー、なるほど。
島 女の子を飽きさせないって、その人の生きざまがありますね。
林葉 そういうかたは誰でしょうか。
島 女の子が面白いと思うような棋士は伊藤果さんとか、鈴木輝彦さんとか上位にくるでしょうね。
林葉 あー、そうね、そうね。伊藤先生って何でも知ってるし、普通の女の子がみても面白いなって、感じで。
島 女性からみる男性の魅力って何かな。
林葉 笑顔ですよ、さわやかな笑顔、中原先生みたいな・・・。
島 なるほど。
林葉 将棋の先生って、あんまり笑わないでしょ。
島 感情をおもてに出さない訓練をしていますからね。
林葉 でしょーっ。
島 自然な笑みを、基本的に必要としない職業だから、極端にいえば、職人さんのように一日人と話をしなくてもいい職業と余り変わらないでしょ。
林葉 スポーツみたいに勝っても笑えないでしょ。
島 それは将棋界の美徳のようなものでもあるけれども、女性とつき合うときは一回目が魅力的でないと、つき合ってくれないものね。
林葉 そうですね。私なんかは将棋界の先生がたはわかりますけど、普通の女の子が初めてお会いしただけでは、なかなかわからないと思いますね。
島 将棋が好きだということと、女の子にもてようということは相反することだと思うね。
林葉 あっそうですね。テレビの番組で、男の子が「趣味は何ですか」と聞かれて、「将棋です」って答えたら、女の子がいっぱいいるなかで笑われてるの。だから可哀そう。でも、女の子って笑っちゃうのかな。
おしゃれは少数派
林葉 でもね、おせじじゃなくて本当にいい先生が多いですよ、ね。
島 そうですね。ぼくは人間関係で苦労したことはほとんどないです。珍しいと思うな、ふつうはいろいろ人間関係の苦労があるわけだけど。もっともそういう苦労と、将棋の苦労の両方じゃ、身がもたないということもあるけれども。
林葉 うーん、うーん。
島 前に伊藤果さんが言われたことで印象的なのは、おしゃれであるということは”少数派”であれ、ということらしいんですね。多数派についてしまうと、チンプなものになってしまう。なかなか味のあることばでしょ。
林葉 そうですね。最近、エリートっぽい先生って多くなりましたね。
島 いまの若手は人材に恵まれていますね。僕なんか、例えばお礼状を書いたりする習慣がついてないんだけど・・・。
林葉 私も駄目ですよ。(笑)
島 森下君、佐藤君などは必ず書きますね。エリートの若手はこまかいことをしっかりやっていますよ。
青山じゃ、似合わない
林葉 対局が終わって町へ出るというと、男の先生がたはどこが多いですか。
島 棋士って新宿が割合好きだけど、中原先生は白金、広尾が好きなんですよ。流行も東へきて、これからは渋谷って感じなのかな。
林葉 青山ってパターン少ないのね。
島 新宿は負けた痛みを癒すにはいいところかもしれませんね。青山じゃあ、似合わないでしょ。
林葉 そうねえ。
古風なんですね
林葉 あれ、島先生とは奨励会でいっしょだったんですね。
島 ぼくが三段の頃でしたか。よくセーラー服姿を拝見しましたよ。女の子がふえるのはいいけれど、ぼくは女の子とは指したくなかったですね。
林葉 えーっ、何でですか。
島 基本的には古風だから、女性と指して負けたら恥ずかしいという気持ちがあるんでしょうね。
林葉 島先生はディスコがきらい。カラオケもきらい、意外だったんですよ。
島 林葉さんはみんな好きですね。将棋界ではいわゆる”遊び”というのが出来ない人が多いですよね。ぼくもそうですけど。
林葉 それでもディスコへいかれるんでしょう。
島 ディスコめぐりなど、探訪したことはありません。
林葉 それで、嫌いって信じられないですよ。
島 ぼくは嫌いでも精通していないと気が済まないんです。ディスコも、レストランも。
林葉 見栄っぱりなのかしら。
島 そうなのかな。一番いやなのは将棋関係じゃない人がいて、その人と話をしているとき、その人の話が全く理解できないことなんですね。レストランの話をしていても、ついていけないと、自分がいやになるんです。
林葉 男の先生って、「どうします」っていうのが特徴でしょ。あれ、困るんですよ。お誘いを受けてもね。広恵といっしょのときは広恵に「どうしよう」っていうと、広恵が「どうするの」って言うのよ。一つも話がすすんでないんですよね。(笑)
島 手渡しの術が身についちゃっているのかなあ。(笑)
国語の先生が夢でした
林葉 最後にお聞きしましょう。島先生は棋士にならなかったら、何をしていらっしゃいました?
島 都内の女子校の先生になるのが夢でした。
林葉 科目は何ですか。
島 国語。
林葉 えっ、かわいい先生になったでしょうねえ。
島 こじんまりした私立高のね。どの道も大変でしょうけれども。
林葉 ・・・。
島 きょうは楽しかったですよ。林葉さんは聞き上手ですよ。
林葉 はーはぁ、ハ、ハ、ハ。
(東京神南”潮”にて)
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やはり、B型同士らしい奇妙な味を持った面白い対談だ。
ちなみに、この対談原稿は林葉直子女流王将(当時)自身がまとめたもの。
話が微妙に噛み合っていなかった部分なども、そのまま書かれているので、かえって面白くなっているのだと思う。
そういう意味でも、林葉さんの才能はすごい。
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負けた痛みを癒すには新宿、とてもよくわかるような感じがする。
銀座や六本木は、光が9割、影が1割という雰囲気。
渋谷は光7割、影が3割。
新宿は光2割、影が8割、池袋も同様だろう。
負けた傷を持ったまま銀座や六本木へ行くのは、「光」の部分がまぶしく、かえって辛い。