近代将棋1991年3月号、林葉直子女流王将(当時)の「直子の将棋エアロビクス」より。
”こんにちはぁ赤ちゃん♫・・・ではないけれど、こんにちは♪(女流)名人♫、私がモト名人よオ・・・”
曲も古けりゃ、その名もフルーイ。
林葉直子女流名人?
そういえば、聞いたことがあるような・・・。
熱心な将棋ファンの大脳の片隅に、かろうじてこびりついているフルーイ、フルーイ、名前でございます。
あのとき、私は15歳。
花も恥らう女子中学生、セーラー服のよく似合う(?)女の子でありました。
当時、最強の蛸島女流名人の胸を借り、若さと強運でいただいてしまった名人位。
ああ、あこがれの名人位。
決して、あなたを離さない!
女子中学生は、まだふくらんでいないその胸に、名人位トロフィーをしかと抱きしめ、そうつぶやいたのでありました。
けれど、好事魔多し・・・。
なんとかと自惚れのない者はいないとか・・・。
たった2度や3度の防衛で、名人位なんてカルイもの、放っておいたって逃げやしない、女流名人は私のためにあるのだわ。
そんな思いの一片が、心の底にあったような・・・うれし恥ずかし高校時代。
キャピキャピッとはしゃぎまくっているうちに、あっという間に過ぎ去った、ひぃふぅみぃの3年間。
その間、将棋の勉強はどこへやら・・・。
燃えろ青春!
羽ばたけ青春!
「青春するのに将棋は邪魔だわ」なんて・・・。
生まれついての強運で、3度保持した名人位。
その偶然を自分の力と思い込み、時の流れに謙虚さを失い、とうとう招いた身の破滅。”おごれる平家は久しからず”の言葉どおり北海道は”ワッカナイ”からやって来ましたオッカナイ敵、広べえ(中井広恵女流王位のことです)に、ムンズ、ベリベリと引きはがされた名人位。
ああ、あれから経ること4年の歳月。
リンゴの頬っぺにオカッパ頭、
セーラー服の純情乙女の面影も
ホコリをかぶったアルバムに残るだけ・・・
忍び寄るカラスの足跡、近づけまいと、美容液、クレンジング、ファンデーションに顔面パック・・・(これはウソですよ)
これだけの努力を将棋に向けたなら!?
きっと女流名人位、まだまだ私のものだったわと鏡に向かって後悔しきり。
しかし、後悔はすれど実行伴わず、十代の頃のあの自信はどこへやら。
もう名人なんて、永久になれっこなさそうな、そんな弱気がチラホラと・・・。
いいのよ、いいの、王将だけで。
名人だろうが、王将だろうが、タイトルに変わりがあるじゃなし・・・。
清水、中井を横に見て、そんな直子のひとり言。
悪運強気林葉直子、あいつも、もはやこれまでか・・・。
世間一般、本人さえも、見離しかかったそのときに、あっと驚く為五郎!
ワッカナイ出のオッカナイ、中井広恵を連破して、ついに掴んだ挑戦権。
あぁ、神も仏もあるものか、
天を仰いで首を振り、
ワッカナイ、ワッカナイと泣きわめく、中井広べえ、あっかんべーっ。
そうだわ、私は強いのよ。
将棋の腕はさておいて、悪運だけは強いのよ。
強運招くその種は、隠し持ったる名人扇。
イワシの頭も信心からと先の王将防衛戦、大山扇子を握りしめ、相手の迷惑かえり見ず、開いて閉じて、また開く、パチリパチリのリズムにのって、見事果たした九連覇。
立てる作戦あらばこそ、持参の扇子に迷うのみ。
大山、中原、谷川の三代名人扇子。
ためつすがめつ手にとって、どれにしようか迷いに迷い、とった扇子は大山扇子。
何度も使ったこの扇子、あっちがボロボロ、こっちがバラバラ、それに手垢で黒光り、さも霊験あらたかな感じして使ったところが大当たり。
オッカナ広べえ降参させて、取りも取ったり挑戦権。
おやまあ、直ちゃん、ひさしぶり。
市代名人の懐から、女流名人位顔出して、ニッコリ微笑む平成三年。
名人位さん、こんにちわ。
四年ぶりです。お元気ですか。
浮気なあなたの顔なんか、見たくもないと言いたいけれど、あなたはやっぱり、女流プロ憧れの的。
できることならもう一度、市代ちゃんの豊かな!?胸かを飛び出して戻ってほしいの私の胸に・・・。
そんな思いを胸に秘め、戦いました名人戦第一局。
使い古した大山扇子は神棚に・・・。
今度の持参は中原扇子!
そっと開いて、パタリ、パタパタ。
名人よ、帰れ、帰れ、直子の胸に。
市代の胸はニーガイぞ(!?)
直子の胸はアーマイぞ(!!)
心の中でつぶやきながらチラリと市代名人を盗み見て、ビックリ仰天驚いた。
対局開始そのときまでは、何ももたずにいたはずなのに、昼食休憩その後に、名人市代のその手の中に、しっかり握られていたものは、私と同じ中原扇子!!
ギーパチッ、ギーパチッ、パチ、パチリ。
九☓九の盤面挟み、将棋作戦どこへやら(中原先生は、私の味方よっ!)
声なき声がぶつかり、炎の視線が切り結ぶ、平成三年女流名人位戦。
こいつは春から、面白い!!
と、思う林葉直子デシタ[E:heart01]
—–
この期、林葉直子女流王将(当時)は清水市代女流名人を破り、4度目の女流名人位に返り咲くことになる。
—–
「いろいろあったけれど、中井広恵女流王位に勝って、4年ぶりの女流名人位に挑戦。第1局に中原誠名人扇子を持って行ったら、清水市代女流名人も中原扇子だった」
非常に乱暴に要約するとこれだけの内容のことなのだが、林葉直子女流王将の手にかかると、こんなにも味わい深く面白いエッセイになってしまうのだから、すごい。
—–
この回のエッセイの特徴は、徹底した”体言止め”の連投。
体言止め(名詞や代名詞で文を終えること)の多用は、
・動詞を省く形となるので、限られた字数で多くの情報を処理できる
・軽妙なリズム
という長所があるが、ちょっとでも気を抜くと、
・テキ屋の口上っぽくなる
・意味が通じにくい
という短所も浮き彫りになる。
連続した体言止めの代表例は、映画「男はつらいよ」シリーズのフーテンの寅のタンカバイ。
結構毛だらけ 猫 灰だらけ。
お尻のまわりはクソだらけ。
見上げたもんだよ、屋根屋のフンドシ。
(以下略)
文章を書く人は、この体言止めの多用を避ける傾向にあるが、林葉さんはその逆を行って体言止めの徹底活用。
林葉さんの場合は、体言止めが非常に良い効果を生み出しているように思える。
—–
タイトルを異性に見立てているところも、林葉さんの才能だ。
現代でいえば、それぞれのタイトルを女性とすると、
「竜王」は、タケシと連続3年、ヨシハルと延べ4年暮らしたけど、誰よりも早くから若いアキラを好きになり、今ではアキラ一筋。
「名人」は、この10年、トシユキとヨシハルの二人の間を行ったり来たりのよろめきドラマの主人公風。
「王位」は、若い男性が好みで、コーイチやアキヒトを好きになっていた時期もあったけれど、ここ数年はヨシハルとヨリを戻している。今年はロック青年・ヒサシが「王位」を口説き始めている。
「王座」は、ブンゴと別れた後に出会ったヨシハルと連れ添い19年。一昨年、アキラの元へ走ったが、昨年またヨシハルと復縁。プリンス・マサタカ、トシユキ、若手の星・タイチが「王座」を虎視眈々と狙っている。
など、いろいろと妄想することができそうだ・・・