近代将棋1993年1月号、「棋士インタビュー 郷田真隆王位の巻 走れ!若武者」より。
将棋界の最下位であるC2組・四段の棋士がタイトルを獲った。いわゆるまぐれとは違う。棋聖・王位の二大タイトルを最強棋士と目される谷川四冠王と堂々と戦い、もぎ取ったのだ。若いヒーローの素顔に迫ってみよう。
この日郷田は連盟チームの野球をこなしてから会う約束だったが、あいにくの雨で野球は中止、しかしインタビューのためわざわざ会館へ足を運んでくれた。
タイトル獲ってから取材の依頼が大分入ったんじゃないですか。
「そうですね。10本くらいですね」
ほとんど一般誌ですか。
「はい」
将棋のことはあまり知らないような人が取材に来るんでしょう。
「ええ。一番凄いと思ったのはアサヒグラブで、人間ウォッチングという欄で4ページもやるらしいんです。それで僕の野球、対局、研究会に取材に来られて」
すると日を替えて何日も・・・。
「研究会も2日。それとビックリしたのはゴルフにまで来たことです。茨城のゴルフ場まで来たのでおどろきました」
でも将棋がマスコミに取り上げられるのは素晴らしいことで、特に若い人が出るのは影響大ですよ。
「僕もマスコミには出来るかぎり協力するつもりでいます」
女性誌からはなかったですか。
「ええ。でも女優さんと対談という企画はあるんです」
それがキッカケで・・・なんてことは。
「宮沢りえさんみたいに(笑い)」
あれは悔しいけど文句つけられないですね。
「ふふ、そうですね。相手が貴花田じゃあね」
相手はなんという女優さんですか。若い人ですか。
「まだ決まっていないようですが、若い人らしいです」
研究会の取材が2日といいましたが、いくつ入っています。
「4つ。でも、メンバーが忙しい人ばかりなのでなかなか日程があわなくて、2ヵ月に1回くらいです」
ということは1ヵ月に2回平均の研究会があるわけだ。メンバーはたとえば、森下とか羽生とか・・・。
「ええ。まあ。だいたい4人でやって1日2局という感じが多いですね。
若手棋士の研究会が盛んだがレベルの同じような棋士同士で行なっているようだ。タイトルを狙うクラスはそのような棋士同士で声を掛け合う。郷田が早くからそういったメンバーに入っていたことは、仲間の棋士が郷田の才能を認めていた証拠だろう。
自分のことで精一杯
谷川さんとダブルタイトル戦をやった感動を伺いたいんですが。
「初めは棋聖戦の挑戦者のことしか頭になくて・・・。王位戦はまったく考えていなかったんです」
棋聖と王位じゃどちらが入りやすいのかな。
「棋聖戦は下からだと10連勝くらいしないとなれないんですが、王位戦のほうは比較的リーグ戦に入りやすい面がありますね。僕は棋聖戦は3回目で挑戦者になれたのですが、王位戦は1回でなれたのであれいいのかなと一瞬思いました。
両棋戦が一部重なりましたね。あの時はいかがでした。
「ええ。ちょっとたいへんで、王位戦が終わってすぐ棋聖戦で間に順位戦が入りその間2日しかない。それも移動日ですからほとんど休みなしでした」
調べてみると・・・。
7/6 棋聖戦第3局(神戸)
7/10・11 王位戦第1局(伊勢)
7/14 順位戦2回戦(東京)
7/17 棋聖戦第4局(箱根)
7/21・22 王位戦第2局(函館)
7/24 王将戦予選(東京)
確かにすごい。
神戸で棋聖戦を指して翌日帰京、1日休んで伊勢へ向かう。王位戦第1局を終え翌日帰京、1日休んで順位戦。1日休んで箱根へ行く。翌日帰京、1日休んで函館へ。翌日帰京して次に日対局・・・。
とても四段の棋士のスケジュールじゃないですね。
「ええ。ちょっと・・・。でも谷川先生はもっと凄いのを経験されていますから・・・」
こういうのが本当の嬉しい悲鳴かな。
「まあ、滅多に経験できませんから」
ところで、これだけの対局を天下の谷川さんと指したのですから、谷川流の真髄のようなものに触れたのでは?
「棋聖戦の時はなにしろ初対局でしたので、自分のことで精一杯で、とてもわかりませんでした」
では王位戦は。
「棋聖戦がなにか自分の将棋を出し切れなくて・・・。王位戦ではなんとか自分を出そうと。第1局を勝たせてもらって少し気が楽になったようです」
たとえば塚田の攻め100%とかいうけど実際には受けがそうとうな部分あるみたいな・・・。
「そういう意味では谷川先生もイメージどおりではない面があると思います」
ここの突っ込みに対して郷田新王位は慎重だった。話題を変えて来年の防衛戦についてはいかがですか。
「あまり意識しておりません。防衛というよりまた教えていただく気持ちで・・・」
背伸びは駄目
郷田さんは若くしてタイトルを獲ったのですが、奨励会では挫折感なんてありましたか。
「二段と三段の時、やめようかなって思いました」
まだ若かったでしょうに。
「勝てなかった時期がありまして」
高校へは行っていたのでしょう。
「わりと理解がありまして出席日数なんか足りなかったのですが・・・。友人なんか将棋のこと全然わからない人ばかりでした。へえ、そんなことやってるのという感じですね」
段まで行ってやめたい、という年令が早いような気がしましたけど。
「長くいてもどうにかなるものではありませんし・・・」
他の世界ならば勉強したことがまるで無駄になることは少ないが、将棋は実生活に活きてこないので辞める決心は早いほうがいいようだ。
四段になってから他の若手がタイトル戦で活躍しているのをみて焦りませんでしたか?
「それはないです。いくら周りが活躍していても、自分に実力があればいつかはチャンスがきますから」
とはいっても、棋聖戦は3度目の決勝戦で挑戦者になっていますが、そのへんの気持ちの持ちようはいかが。
「要は自分がしっかりしていればいいんです。たとえば将棋の勝ち負けだけ見て良かった悪かったというより、内容をみて判断していくような」
力があればかならず上がれるという自信は、強い棋士とやった手応えで湧いてくるものですかね。
「・・・。無理をして背伸びするのは駄目ですね。結果に狂いが生じてきますから」
足元を固める。ここから第一歩がある、そしてその先に第二歩がある。
こんな考えを21歳で持てることが一種の才能だ。記者などは中年になってやっとそのことに自信が持てるようになったが、若い時は仲間の活躍に焦りを感じたものだ。将棋の世界で頭角を現わす人はたいてい自分の物差しを若いウチから持っている。非常に早熟な世界だ。
早熟といえば先崎五段もその典型だが、郷田の親友らしい。
「ええ、だいたい先崎君と一緒ですね」
お酒ですか麻雀ですか。
「どちらも」
お酒は相当飲むほうかな。
「先崎君と会うのがだいたい夜中で、それから飲みだすから朝になっちゃう」
夜中というのは対局が終わって・・・。
「そうです。でもたまに夕方から飲んでずっと朝まで、のコースをやっちゃうと二日酔いとかなります」
長時間飲むとどうしてもたくさん飲むからね。仲間同士だと割り勘かな。それとも先輩とか順位とか。
「先崎くんと飲むときは彼、払わせてくれないんです。学年は一緒ですけど入門は彼が1年早い。四段も早い」
でもそれ位なら割り勘じゃないのかな。
「どうしても払わせないんです」
うーん。なんとなく分かるような気もしないでもない。兄弟子の森けい二九段なんかも歳の割に若い人と遊ぶんじゃない。
「そうですね。森先生は僕らと一緒に居ても全然違和感がないですね。一緒に十秒将棋指したり麻雀やったりお酒飲んだり。とても楽しいです」
普及面も努力していきたい
最近のプロ将棋は技術の進歩が著しいけどアマチュアがついていけないようなスピードですね。
「将棋が進歩することは、いいと思います。ただ研究だけでは勝てないでしょう勝てばみんなやりますから。でも研究が必要なことは確かです」
矢倉など、アマでは無理なような気がするんだけど。
「剣を構えたとたんに勝負が終わるというような面が確かにありますからね。矢倉は細かいところが要求されるでしょ」
若手プロとアマプロ戦やって矢倉を指したらまず勝てないでしょうね。
「形の差で勝負がつきますからアマ向きではないですね」
でも技術の進歩もいいけど普及とか指導面が遅れているような気がするんですが、どう思いますか。
「普及面でも皆で協力していきたいと思います」
特に女性ファン獲得に活躍して下さいよ(笑い)。女性教室の講師とか。ところで女性の友達は?
「・・・・・・」
飲みに誘ったら来てくれるくらいの人は何人かいるんでしょ。
「それはまあ・・・しかし今は将棋が頭のなかでかなり一杯で、あまり・・・」
いや、結構です。そのくらいが。
ところで大山十五世名人が言っていたが、昔のプロの役目は修行して得た技術をお客さんに教えそれで謝礼を頂いた。つまり、レッスンプロを第一に考えていた。時代が変わって見せるプロ、選手専任プロが主流になっている。しかしこれとても新聞・テレビに依存した体質になりがちで、あまり健全体質とはいえない部分がある。これからは若い人が普及の全面に立って新しいファンを獲得してほしい。郷田新王位はその先兵となる格好の人材だ。棋戦の活躍とともに普及面も頑張ってほしいですね。
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郷田真隆王位(当時)の誕生を報じる記事には、”棋界のプリンス”、”スター誕生”という見出しが踊った。
原田泰夫九段は”星の王子様”と名付けた。
まさにその直後の頃のインタビュー。
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「要は自分がしっかりしていればいいんです。たとえば将棋の勝ち負けだけ見て良かった悪かったというより、内容をみて判断していくような」
「無理をして背伸びするのは駄目ですね。結果に狂いが生じてきますから」
21歳にしてこのようにしっかりとした考え方をできるのは、本文にも書かれている通り、その道を極めることができる人が持つ一種の才能だと思う。
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親友の先崎学五段(当時)、兄弟子の森けい二九段についてのコメントは、思わずニッコリしてしまうほど。
郷田九段と先崎八段の親友関係、森九段と郷田九段の兄弟弟子関係、非常に華がある取り合わせだと思う。
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「飲みに誘ったら来てくれるくらいの人は何人かいるんでしょ」の質問も秀逸。
いかにも湯川博士さんらしい台詞だ。