野獣流武勇伝

将棋世界1991年9月号、泉正樹六段(当時)の「待ったが許されるならば・・・」より。

 「やっちまった」気付いた時は、もう後の祭りで、頭から心臓にかけて「サー」とした快感?が全身を襲う。

 ただ、この種の快感は、なにも対局中にしでかした”ポカ”だけに限る訳ではなく、自分の場合、二日酔いの時も同様。

 なにしろ、この状態でのあ目覚めが爽快だったことなど、生まれてこのかた皆無だし、昨日の記憶を少しずつ辿れば、その醜態のあまりのひどさに逃げ出したくなるからだ(本間さんもかな~)。

 「穴があったら入りたい」が、毛布1枚のみの現状では、冬眠することなどはとても不可能。

 ひたすら、布団に横たわり反省を繰り返すが、乱暴狼藉の限りをつくした後では心が平静を取り戻すのは容易ではない。

 本当に今まで、どれだけ周りの人達に迷惑をかけてきたことだろう。

 正直、スナックの出入り禁止の数などは、あと2、3軒で両手がふさがる始末。

 ともあれ、乱酔劇は数あれど、その一幕だけでも記さねば、寛大な気心で許してくれる方に申し訳が立たない。

 勿論、自戒の意もこめてですが・・・。

 2ヵ月程前の事だったろうか。その日は弟弟子の北島君(三段。早く上がろうぜ)と本誌N氏の地元(十条)へ行った。「福助」という焼き鳥屋は最高にうまいから、どんなに落ち込んだ時でも心地よい酒になる。しかも冗談かと思える様なお値段なので、2軒目への出撃は必然的な態勢を作る。スナック「パープル」は庶民的なママさんが一人頑張る気楽なお店。であるからにして、”ドクダミ焼酎”の味わいはまた格別となり、ピッチも全開。

 こうなると、もう一軒となるのが通例だが、この日はなぜか私にはめずらしく、最終電車で冷静に北島君と帰る展開に。

 車中、気のよさそうなおじさんに話かけると、向こうも「まってました」と言わんばかりの乱酔状態で意気投合。

 おじさん「大体、今の若いもんちゅうのは仕事も酒もいい加減。特に、ミニをちらつかせて、さぼることしか考えてないメス共には、開いた口がふさがらねえや」

 私「さすが大先輩、いいこと言う。全くその気持ち同感でさあ。それにしてもプッツンギャルめ、いい気になりやがって」

 こんな調子で、新宿に着くまであじさんと”女性談義”に花いちもんめ。

 これでは、押さえていたはずの酒乱性も見事に復活し、梁山泊の魯智深に大変身。

 改札の10メートル手前で、キップをなくした事に気が付くが、もう、そんなものはどうでもよい。少年時代に戻って、久しぶりに走り高跳びも悪くない。それに、あの融通の利かない”自動改札機”なるものを征服してやりたいと、常日頃思っていたところでもあるのだ。

 「ウゴー」酒の勢いが常識をもくつがえした。将棋指しとは思えないほどのジャンプで楽々クリア。着地も絵にかいたように見事に決まり、気分は最高。

 後から来た北山君に、「どうだい」と言わんばかりに胸を張っていたのも束の間、「コラー」烈火のごとく駅員さんが駆け寄って来たから大変だ。

 胸張る魯智深君「だって、キップ落としちゃったんだもん、しょうがないと思いま~す」

 駅員さん「なんだその口のききかたは。ふざけやがって、素直にあやまれ」

 魯智深君「これも酒の入ったなせる業。普段はこんなことないんだから、よろしくお願いしま~す」

 これでは兄弟子が危ないと、わびに入った北島君「うちの先輩酔っているもので、本当にどうもすみません」

 駅員さん「いくら酔っ払ってるからって、やっていいことと、悪いことの区別もつかんのか。それはそうと、ちゃんと乗車代払え」

 魯智深君「ハイ、おっしゃる通りですみません。でも、一度払ったもの、いくら人間万事金の世の中だといったって、やなこっタイ」

 駅員さん「なにー。このヤローふざけやがって、今、警察呼んでくるから、そこでおとなしくまってろ!!」

魯智深君「オウ!呼べるもんなら呼んでみい」と勢い言ってはみたものの、口とは裏腹に一目散に「三十六計逃げるに如かず」で、今度はマラソンマンに早変わりしたのでありました。

 「言うは易く行うは難し」だから、「もうしません、心を入れかえました」なんて言った所で信用されないけれど、この1月位前から、着実に飲み方が直り始めているのも事実。

 成績も散々なのに、バカげた事をやっている場合ではないのだ(イヤ・ホンマ)。

 命題に合致した内容だったか、どうかはさて置き、こんな品のない低調な文章にしてしまった事をおわび致します。

 そのつぐないという訳ではありませんが、次回は、格調の高い文章で知られる、”マリオ・オジさん”こと武者野先輩ですから、乞、ご期待!

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弟弟子の北島忠雄三段(当時)の困っている様子が目に浮かぶようだ。

本誌N氏は、中野隆義さんのこと。

中野さんは地元である十条、赤羽地区にある味わい深い居酒屋を何軒もご存知であり、例えば十条の斎藤酒場は、中野さん最強のホームグラウンド。

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魯智深は『水滸伝』の登場人物。

酒を好み、しばしば騒ぎを起こしたため師匠ですら庇いきれずやむなく破門にされた天衣無縫の荒法師。義侠心に厚く、困っている者を見ると助けずにはいられない性格だったという。

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野獣猛進流の泉正樹八段。

初めて一緒に飲んだのは1996年のことだった。

酒の上でのエピソードは少し聞いていたけれども、実際に飲んでみると、全くの好青年風のナイスミドルだった。

エッセイにも書かれている通り、1991年頃から徐々に飲み方が変わってきたのだろう。

1998年だったか、深夜の歌舞伎町の居酒屋で泉七段(当時)伝説の雄叫び「ガオーッ、ガオーッ」を聞けたのは私にとって記念になっている。(この時は、泉七段が自分はもっと頑張らなければと嘆きガオーッと叫んだ。哀愁のある響きだった)

奥菜恵さんそっくりな奥様と結婚する前後からは、「ガオーッ」ではなく「ガオガオ」が多く用いられるようになった。

使い方としては例えば、「この店の焼き肉はガオガオに美味しい」。

この店の焼き肉はガオーッと叫びたくなるほど美味しい、という意味だ。

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2008年のNHK杯戦 泉正樹七段-行方尚史八段戦の感想戦でも「ガオガオ」が出ている。

泉七段が「この手だとガオガオだよねー」のようなことを言うと、行方八段が真面目な顔で「そうですね。それだとガオガオですね」と応える。

このガオガオが、泉七段側が良くなる意味でのガオガオなのか、悪くなる意味でのガオガオなのかが分からなかったが、とにかくガオガオがテレビで現れた瞬間だった。

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今期のB級2組順位戦、泉正樹八段は4勝0敗の好発進。

いままでも昇級直前ということが何回かあったが、今年も期待したところだ。

     

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