司会者泣かせ

NHK将棋講座2005年10月号、高橋呉郎さんの観戦記「嗅覚がとらえた一瞬のスキ」より。(NHK杯トーナメント2回戦 石川陽生六段-丸山忠久九段戦)

 この日の控室は静かなものだった。

 石川陽生六段が早くも控室に姿を見せた。司会の千葉涼子女流王将が、半ばあきらめ顔で「この前は、近況はとくになしということでしたが、きょうも同じでしょうか」と打診する。石川は「ええ、やっぱり、なにもないですね」とにこやかに答えた。

 すこし色をつけましょう。石川は将棋界の”隠れニューヨーク通”といっていい。といって、観光旅行を楽しんでいるわけではない。毎年、将棋連盟ニューヨーク支部を訪れ、海外普及活動の一翼をになっている。ことしも、4月に行われた全米選手権大会に参じて、現地ファンとの交流を深めた。

 こういう話を自分から語りたがらない。もっとも、自分のことをしゃべらないということにかけては、丸山忠久九段のほうが石川よりも数段、役者が上です。

 通常、棋士が結婚すると、将棋連盟広報部は、相手の氏名、職業、短いながら本人の談話などを公表する。丸山は4月に結婚したが、氏名、年齢以外は発表されなかった。

 丸山入室。司会者も心得たもので「ご結婚については、触れないほうがよろしいんですね」と意向をたしかめた。丸山は「ええ、まあ・・・」と専売特許のニコニコ顔で応じた。

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この時の解説は深浦康市八段(当時)。

この当時のNHK杯は対局前のインタビューがなかったので、「ご結婚については触れないほうがよろしいんですね」は、「解説中に結婚の話題に触れないほうがよいのですね?」のニュアンス。

観戦記の場合は、「ご結婚については触れないほうがよろしいんですね」「ええ、まあ・・・」のやりとりがネタになるが、放送ではなかなか触れることはできない。

それにしても、ダメ元でも突撃した千葉涼子女流王将(当時)の敢闘精神は讃えたくなる。