内藤國雄九段「どういうわけか将棋の好きな大学生は女の子にもてないようである」

将棋世界1991年10月号、内藤國雄九段の連載エッセイ「世間は広い」より。

 色々な手紙をいただく。なかにはこんなのもある。地方の女性からで、ある若手棋士をこの人と思い定めたので仲を取り持ってほしいという。返事をしないでいると、今度は「あなたは二人の仲の邪魔をしている」と恨みをこめた手紙がきた。触らぬ神に祟りなしと知らぬ顔をしているが、気持ちのいいものではない。

 大学生からも、くる。どういうわけか人生相談的なのが多い。柄にもないことなので辟易するが、頼りにされているかと思うと放ってもおけないような気分になる。

 学生のお母さんからだと、息子が将棋に凝って(あるいは音楽に凝って)困る。ちゃんとした仕事につかせるにはどうしたらよいかと、息子の将来を案じる内容だが、本人からだいたい異性の問題と決っている。

 どういうわけか将棋の好きな大学生は女の子にもてないようである。気が弱くて優しくて、まあ言えば私の若い頃を思い出させるので身につまされるのである。

 「私はある大学の将棋部員ですが、将棋部というのは女性にもてません。しかし僕はどうしてもガールフレンドが欲しいのです。ひとり好きな子がいて、近付きたいのですが何をどう話していいのか分かりません・・・・・・」

 「付き合っている女の子がいるのですが、その子は将棋に関心がありません。今度彼女にスポーツ部のボーイフレンドができました。いつ振られるかそれが心配で夜も眠れません」。こういう手紙をもらうと、こちらまで切なくなってくる。

 昔は彼氏が将棋を指しているあいだ何時間でもじっと横で待っているしおらしい女性がいたものだ。近頃男と女の位置が入れ替わってきたようである。

 絶えず軽口を叩いて女を退屈させない、そういう男に人気が集まる。世の中は広い。そんな女に構うなと言いたくなるが、それはオジタリアンの繰り言であって若い棋士にとっては深刻な問題なのだろう。将棋を愛する男性はどうしても口数が少なくなり、ネクラととられがちである。

 またネクラのほうが強くなるような気もする。事実、プロの世界をみても、根っからのネアカ人間は見当たらない。

 唯一の例外は神吉五段。彼は天性のネアカであって、将棋以外のこともしっかりしている貴重な存在である。

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 自分の周辺には同種類の人が集まるから、人はともすれば視野がせまくなりがちである。今回は、世間はいかに広いかということについて。

 神主をしている私の友人が、お坊さんと神主の区別のつかない人が居るとこぼしていたが、世間には将棋と囲碁の区別のつかない人もたくさん居る、ということくらいは心得ておく必要がある。

 将棋は指すと言わず、打つという人が非常に多い。しかし、これは必ずしも将棋を囲碁と勘違いしてのことではない。一方、囲碁を指すと間違えていう人は絶対と言っていいほど居ない。これは、さすという言葉をなにか良からぬこととの連想から、意識的無意識的に避ける傾向があるのだと思わざるを得ない。とくに御婦人にその傾向が強い。

 打つ、の方も、本当は上品なばかりの言葉ではない。飲む打つ買うは道楽人の三拍子だが、ここでの打つは博打のことである。パチンコ台の終了も、打ち止めの札がかかる。

 それでも、打つの方が選ばれるのはどういうわけか。

 なにかの対談のとき、有名な女性タレントから「九段と二段とどちらが上なんですか」と聞かれて驚いたことがある。一瞬この人の頭はどうなってんだろうと疑ったが、段と級を置き換えたらまんざら分からぬ質問でもないと、気付いた。

 碁盤と将棋盤とはいっしょではなかったんですか、と驚いたタレントさんがいたので、別の番組のとき若いタレントさんに「将棋盤と碁盤の違いを知っていますか」と聞いてやった。彼女はよくぞ聞いてくれましたとばかり答えた。「知っております。脚のついとりますのが碁盤で、折りたたみ式になっているのんが将棋盤でしょ」。冗談でなくそう思いこんでいる人が世間にはごまんと居る。

 地方の、ある一流料亭でのこと。床の間には立派な碁盤が飾られている。「将棋はありますか」とたずねると、「ハイございます」とピシッと着物のきまっている仲居さんの色よい返事。立派な庭園や、池の鯉などを鑑賞しながら待つことしばし、くだんの仲居さんから「お待たせしました、どうぞ」と差し出されたものを見て腰を抜かしそうになった。

 ひん曲がって蝶番いのはずれかかったよれよれの折りたたみ盤に薄汚れてゴミみたいになっている書き駒。他の立派さと比べてその落差の大きさよ。この料亭の仲居さん、いや御主人の頭の中はたずねなくとも分かっている。「床の間に置くのが囲碁で、ゴミ箱の横に置いといていいのが将棋でしょ」。

 大体こういう先入観を抱かせた映画がよくない。かつて棋士の間でこういう声が上がったことがある。王将(物語)や、銭形平次など、将棋の道具がなんともお粗末すぎる。

 銭形平次について言うと、これも一流の俳優が、映画テレビ舞台などで立ちかわり演じてきたが、一人として、この人は将棋を知っているなと感じさせる俳優がいなかった。手つきや表情でそれが分かる。ということは監督や助監督も知らないということになる。知っていればあんなお粗末な演技はさせないだろうからである。

 あれではいけない、という声が聞こえたのか撮影現場にプロ棋士が招かれて、対局場面を指導するということもちょいちょい行われるようになってきた。

 当今はやりのカラオケ映像の方は、映画にくらべてまだまだお粗末だが、将棋に関して一つだけどこへ出してもはずかしくないのがある。それは、故・芹沢九段指導、出演しているもので、ここには最高の盤、最高の駒が登場する。芹沢さんが指すのだから、指し振りも最高である。相手役は北島三郎さん。これは”歩”という北島さんの持ち歌のカラオケ(第一興商)だからである。

 毎週懸賞詰将棋を出題している新聞に、特別難しいのを出題した。正解者はほんの数名しか出ないだろうから、その氏名は全員発表するという条件を添えた。

 ところが蓋を開けてみると、なんと150名を超す正解者が現れたのである。なんの賞品が当たるわけでもない。ただ氏名が掲載されるというだけである。詰将棋ファンはこれを一つの挑戦と受け取ったのかも知れない。そうでなければ、こんなに正解者が現れるとは考えられない。

 こんなに多くの氏名を発表するスペースはとてもない、という記者に、いや、これは約束だから何としても実行してほしいと頑張って、結局正解者全員の氏名を掲載してもらったのだが、世間は広く、かつその懐は深いと感心した出来事であった。

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『どういうわけか将棋の好きな大学生は女の子にもてないようである』

少なくとも、1996年の羽生七冠王フィーバー以前は明らかにそうだったと言えるかもしれない。このことが時代を越えて普遍的なことかどうかは分からないが。

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ネットで調べてみると、まとめサイトに「モテる部活ランキングとモテない部活ランキング」というものがあった。2013年版。高校の部活らしい。

モテる部活トップ10
1 サッカー部
2 野球部
3 バスケ部
4 テニス部
5 陸上部
6 バレー部
7 ハンド部
8 水泳部
9 空手道部
10 ラグビー部

モテない部活トップ5
1 パソコン部
2 クイズ研究部
3 歴史研究部
4 帰宅部
5 卓球部

モテる部活のトップ6までは、順位の多少の変動はあれ、戦後からずっと変わっていない鉄板の部活と言えるだろう。大学になるとアメフト部が上位にランクインしてくるはず。

将棋部がモテない部活に出現していないのは喜ばしい限りだ。

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北島三郎さんの「歩」のカラオケ映像が見つかった、たしかに故・芹沢博文九段が出演していて、盤・駒も最上級なものが使われている。

北島三郎 歩 カバー (Youtube)