升田幸三九段(当時)「おちついて酒が呑めん。明日からおまえは一人でめしを食え」

将棋世界1992年10月号、山本武雄八段(当時)の大山名人の思い出・追悼文「會者定離のことわり」より。

 大山名人を語る上において絶対欠かせないのは、旺盛な食欲と麻雀。

 酒は乾杯程度だが、知る人ぞ知る大変な健啖家。対局でどこかへ出掛けても、質よりも量に重点をおき、本人は別に注文しないが、食事はいつも一人前半。多いときは二人前。それらをペロッと平らげて、ほかの人たちが食卓についたころ「あと何が出ますか」「これで一応おしまいです」「それではお茶漬けを・・・」といった調子の見事な食べっぷりに給仕の人が手を休めて見とれることもあった。

 北海道へ遠征したときもこんなことがあった。歓迎の焼肉パーティーで、二人で一つの鍋を囲んだのだが、頃合いを見はからって、相方の人が手をのばすのだが、めざす肉はいつの間にか大山の皿の上。それを何回も繰り返しているうちに相方があきらめ、人心をついて大山がハシを休めたときには、二人前ずつ入っていた皿が六枚も重ねられていた。十二人前をほとんど一人で平らげて、こんなに気持ちよく食べてもらってと、主催者側から大変喜ばれたことも、忘れ得ない想い出だが、私には今もって残念でならないことがある。

 昭和40年、大山十段と二上八段の第4期十段戦が北九州市小倉の「松柏園」で行われたときのことだ。

 対局前日の夕食は、名産のフグ料理だった。飲ける口の人たちは大喜びだったが、酸味の苦手な大山は、さっさと食べ終わって、一同お目当ての肝が出てきたころには、別室へ移って場所だ、場所だ。食べたり飲んだりは、麻雀をしながらやりなさいよと、冷たいお言葉。そのときの麻雀で私が第一ツモであがって、大騒ぎしていると、はい満貫とタイミングのよい声。その一言で一応幕だが、役満ではなかったのかと、いまも心に引っかかっている。

 いまごろは塚田さんや大野さん、坂口さんらとあの世で雀卓を囲んでいるかも知れない。

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将棋世界1992年10月号、読売新聞の山田史生さんの大山名人の思い出・追悼文「健啖ぶり、戻らず」より。

 大山さんは対局場では私たちに無理を言うことはなかったが、酒をほとんど飲まないせいか、食べ方がきわだって早かった。高級旅館や料亭だから食事は懐石料理が多い。きれいなつくりだが一つ一つの量は少ない。それが前に出るやいなや大山さんはパクパクと一口ぐらいで食べてしまう。そして次はまだかといった顔をしている。酒を飲み、会話をしながら食べるということをしないから、常に食膳の前があいている。次が出るまでの時間がとても長く感じ、それが担当の責任のような思いにさせられて、ご馳走もおちついて食べられなかったものだ。

 またご飯の炊き方に注文があり、硬いご飯を嫌った。これは軟らかいご飯の方が胃によく、対局中の体調に気を配る上で棋士として当然のことではあったろうが、旅館の方では再三厳しくいわれるものだから、お粥に近いような炊き方をして出した。大山さんはそれに満足して食べていたが、立会人や関係者は「あんな軟らかいめしなど食えたもんじゃない」など、陰でぶつぶつ文句を言った。大山さんに面と向かって言えないのがおかしく、また気の毒でもあった。

 山本武雄八段(陣太鼓)の話では、大山さんにきついことを言えるのは升田さんだけ。早食いの大山さんに「おちついて酒が呑めん。明日からおまえは一人でめしを食え」などと言われたこともあったそうだが、升田さんが一線に出てこなくなってからは、対局相手も含め、周りは全て大山さんのペース、意思で動くようになった。意識してやっていたかどうかは分からないが、盤上以外の所でも自分のペースに持ちこむことが対局結果にも結びつくと信じていたようにも思える。

(中略)

 亡くなる1ヵ月前、大山さんと記者数人で石和、昇仙峡方面へ一泊旅行した。この時、夕食にはほとんど手をつけなかったので、以前の健啖ぶりを知る私は、この病状はおかしいと思わされたが、麻雀をする時はしゃんとしていた。大山さんはいったん夜11時ごろ寝たあと、早朝4時に起きだし、また麻雀をしましょうと、何人かを起こして自ら積極的に始めた時は、この元気があれば、まだまだ大丈夫だろうとも思った。

 ところがそのあと10日ほどで再入院、そして帰らぬ人となるとは―。

 偉大なる大名人に合掌

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たしかに、懐石料理のような場合は見た目も美しく次から次へと料理が運ばれてくるが、1回あたりの量は少なく、酒も飲まずに食べるのなら、あっという間になくなってしまうということになるのだろう。

酒と料理は切っても切れない縁にある。

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フグなどは、酒をだらだらと飲みながら食べるところに趣があるわけで、フグ好きな酒飲みにとって麻雀をしながらフグを食べるというのは、大変ショッキングな出来事だったと思う。

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ご飯が柔らかいのは、非常に厳しい。

毎食、お粥に近い柔らかいご飯が出てきたら、どんなにおかずが豪華でも、食事の楽しみは激減してしまう。

数ある盤外戦術の中でも、最高級にインパクトのある盤外戦術だ。