一昨日の深夜のテレビ朝日系トーク番組『夏目と右腕』で「棋士・羽生善治の右腕×棋士・長岡裕也」が放送された。
『夏目と右腕』は、”各界のリーダーを支える右腕”と夏目三久さんが対談を行い、成功の陰に隠された裏話や普段の日常生活を紐解くことで”右腕”の素顔に迫るとともに、”右腕”の証言を通してリーダーの人物像も明らかにしていくというもの。
豊臣秀吉であれば黒田官兵衛、伊達政宗なら片倉小十郎、源義経には弁慶、本田宗一郎は藤沢武夫が右腕。
長岡裕也五段は羽生善治三冠のVS(一対一の研究会)のパートナー。
羽生善治三冠から2009年1月(竜王戦で渡辺明竜王に3連勝した後4連敗した翌月)、長岡裕也四段(当時)に「将棋を指しませんか」と直接電話が入り、VSの相手を申し込まれたという。
当時の羽生三冠は38歳。記憶力や体力の衰えをカバーできるのは膨大な経験から生まれる直感と考えた羽生三冠は、研究相手として最新の定跡や戦術に詳しい長岡四段を指名。
羽生三冠は番組の中で、
「雑誌とかに講座を書いていたんですね、彼が。その内容が非常に高度で私が読んでもすごく勉強になるんですよ。それは見ると、どれくらい研究しているか勉強しているかというのはすぐにわかるので、そういうこともあって、はい」
と語っている。
長岡五段は、羽生三冠と同じ八王子将棋センターの出身でもある。
『夏目と右腕』、長岡五段の話、羽生三冠の談話、本邦初公開のVSの映像など非常に興味深く、また事前のリサーチも行き届いており、素晴らしい番組だった。
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羽生三冠が高く評価している長岡五段の講座とは、近代将棋に2006年2月号から2008年5月号(最後の号の直前)まで連載されていた「最新振り飛車の考察」。
この講座の内容の一例を見てみたい。
石田流を大好きな私が、かなり大きな衝撃を受けた回。
近代将棋2007年9月号、「第20講 先手石田流▲8六歩作戦」より。
先日、八王子将棋クラブで羽生三冠の指導対局がありました。多忙な中、年に一度くらい行われているのですが、今回はとても驚きました。指導対局の当日、夜から大和証券杯の対局があったのです。羽生三冠曰く、「対局場が自宅より八王子の方が近いのでちょうど良かった」とのことでしたが、そう簡単に言えることではありません。私は対局に影響が出てしまいそうな仕事の場合、受けるかどうか迷ってしまうのですが……対局への自信と、ファンへの気持ちがあればこそなのでしょう。
18時頃までちびっこ相手に指導をした羽生三冠は、20時対局開始の木村八段戦で快勝。第一人者のすごさを改めて感じました。
今月は、先手石田流▲8六歩作戦を解説します。
初手からの指し手
▲7六歩△3四歩▲7五歩△8四歩▲7八飛△8五歩▲4八玉△6二銀▲3八玉△6四歩▲2八玉△4二玉▲3八銀△3二玉▲7六飛△8八角成▲同銀△4二銀▲1六歩△1四歩▲7八金△3三銀▲7七銀△4二金▲8六歩(基本図)
現代の石田流といえば▲4八玉のところで▲7四歩とする「新石田流」が思い浮かびますが、激しい変化で研究が進んだことと、本手順のような持久戦策が見直されたことで採用が減っています。
基本図までは何気ない駒組みのようですが、いくつかポイントがあります。
まずは振り飛車側ですが、端歩の関係が大事。1筋の交換は入れるべきで、玉が広くなるのはもちろんのこと、後に端攻めの含みがあるのが大きいです。また、9筋の端歩は突かないこと。9筋の突き合いがあると、基本図のように▲8六歩と仕掛けた瞬間に△5四角(参考1図)の反撃があります。△9五歩▲同歩△9八歩が生じているので、これは振り飛車がまずいでしょう。
もう一つは、▲7六飛と浮くタイミングです。これは後の構想にもよるのですが、基本図を目指す場合は△3二玉を待ってから浮くのが最善でしょう。△4二玉型で▲7六飛とすると、△8八角成▲同銀△3二飛と美濃に組まれる可能性があるからです。
居飛車側のポイントもいくつかあります。△6四歩と突いたら次に△6三銀と上がりたくなりますが、早めに上がると振り飛車に変化を与えてしまいます。例えば△3二玉のところで△6三銀だと、▲9六歩△9四歩(石田流の端歩突き込しは、飛車が広くなり大きい)▲6六歩が成立します。(参考棋譜③)以下△8六歩と仕掛けると、▲同歩△同飛▲6五歩(参考2図)で先手優勢。
△8六歩が無理では△3二玉くらいですが、▲7六飛と石田流に組まれてしまいます。局面の優劣はありませんが、作戦的には居飛車がつまらないでしょう。△3三銀では△4四歩~△4三銀とする指し方もあるのですが、手数がかかるので矢倉を推奨します。なかなか△6三銀を上がらないのは囲いを優先するためで、▲7四歩の仕掛けには常に△7二金で大丈夫です。また△4二金では△7二金も有力で、▲8六歩を警戒するならこちらの方が手堅いです。ただ、形を決めてしまうと▲6八銀~▲6六歩~▲6七銀というような展開も気になるところです。
以上の理由で、基本図は出現しやすい局面ではないでしょうか。基本図では△7二金、△7一金、△3五歩などが考えられます。△同歩と取る手もありますが、相手から▲8五歩と取らせれば一手得をします。
基本図以下の指し手①
△7二金▲8五歩△同飛▲8六飛 (中略)
△7二金型は6一と8一に隙があり、居飛車が上手くいかないようです。
基本図以下の指し手②
△7一金▲8五歩△同飛▲8六飛 (中略)
2図まで進めば居飛車が十分でしょう。
基本図で△3五歩は飛車交換後の△3六歩を狙った手で、振り飛車の▲5六歩(△5五角の防ぎ)との交換になります。これも有力なのですが、字数の関係で参考棋譜だけ載せておきます。(参考棋譜1)
この形は、▲8六歩と仕掛けられたときにどう待つかが大きな岐路。
(以下略)
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非常に丁寧な、深い内容の講座だ。
私が衝撃を受けたのは参考1図。
このような変化があるなんて……
もっとショックだったのは、基本図以下の指し手②の△7一金からの変化。
このような手順は、升田式石田流▲8六歩からの開戦が大好きな私のような人間にとっては、誰にも読んでほしくないような不吉な内容。
2007年7月、酔っ払いながら近代将棋のこの号を読んでいて、このページに来た途端に酔いが急に覚めた記憶がある。
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「最新振り飛車の考察」で取り上げられた戦型は、例えば次の通り。
・先手藤井システム▲5六銀型
・先手藤井システム▲4六歩型
・先手藤井システム▲4六歩型対後手持久戦
・藤井システム▲4六歩型対△7四歩型持久戦
・先手藤井システム▲3六歩型
・先手藤井システム▲1五歩型対△7四歩
・後手藤井システム△5二金左型
・後手番藤井システム△6四歩型
・後手藤井システム△4三銀型
・対四間飛車後手番急戦
・後手△5四銀型相穴熊
・3手目▲5六歩戦法
・先手中飛車対角交換△6四銀型
・後手番矢倉流中飛車
・後手ゴキゲン中飛車対先手丸山ワクチン
・後手ゴキゲン中飛車先手丸山ワクチン拒否作戦
・丸山ワクチン①
・丸山ワクチン②
・相振り飛車△3三角戦法
・後手番端歩突き込し型
・先手石田流▲8六歩作戦
・新石田流▲7四歩-△6二銀型
・△3三角戦法
タイトルから見てもわかる通り、本当に奥が深い講座だった。
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