佐藤康光竜王(当時)「休み?休みなんか要るんですか。だって勉強は労働じゃないでしょう」

将棋世界1994年10月号、故・池崎和記さんの「昨日の夢、明日の夢 第10回 竜王 佐藤康光」より。

将棋世界同じ号より。

 竜王戦の挑戦者争いが秒読み段階に入った。羽生善治、米長邦雄、屋敷伸之、行方尚史の四人が勝ち上がったが、その後、米長が行方に敗れたため、挑戦者決定三番勝負は羽生-屋敷の勝者と行方の間で行われることになった。

 佐藤康光にとって初めての防衛戦である。8月中旬、「近鉄将棋まつり」出演のため来阪していた佐藤に”竜王戦開幕直前インタビュー”を試みた。

(中略)

―ズバリ聞きます。挑戦者は誰が出てくると思いますか。

 わからないです。はっきり言って。ファンから見たら圧倒的に羽生さんだと思うでしょうけど、でも、そんなに簡単に上に抜ける相手とも思えませんから……。

―いま、どんな気持ちですか。

 プレッシャーはないです。僕はいま公式戦の対局が少ないんで、それがちょっと不安ですね。

―いま佐藤さんが一番倒したいと思っている相手は羽生さんじゃないですか。

 いや、一人じゃないですよ。僕の上のクラスの人だったら、全員です。

―上のクラスって、順位戦の?

 ええ。とりあえず同世代の人には負けたくない。羽生、森内、村山。僕はその三人より強いと思ったことはないですからね。

―ウソでしょう。

 いや、その三人は上に来たから目標にしてやってますけどね。目標というか、とりあえず追いつかないことには……。

―佐藤さんは去年、羽生さんを4-2で負かして竜王になったんですよ。

 それは一回だけですから。もし今年、羽生さんが挑戦者になって、それで僕が勝てば文句なしでしょうけど。

―勝てば文句なしです。だから羽生さんに出てきてほしいんじゃないですか。本音は。

 いや、今期はだれでも厳しいと思っています。なぜかというと、僕は竜王になってから勉強をしてないからです。

―僕が佐藤さんの立場だったら「羽生よ、出てこい」と念じますがね。

 僕はいろんな人とやってみたいという希望を持ってますから、だれでもいいんですよ、強い人なら。

―竜王になって何か変わりましたか。

 変わりましたね。喜びすぎて、勉強してません(笑)。

―あちこちから取材が来たでしょう。

 いろんなところから来ました。テレビの解説もめちゃくちゃ増えました。

―竜王という肩書を背負っていると責任感を感じるでしょう。

 そうですね。まだ重いですね。

―「勉強してない」というのは、どういうことですか。

 遊び過ぎです(笑)。慢心したんじゃないですか。何か変なんですよ。

―竜王を取って肩の力が抜けたのでは。

 そういう感じかもしれないです。

―いつから怠けているんですか。

 4月ごろからです。

―順位戦で昇級を逃して、くさった?

 いや、くさったことはないです。

―あるいは将棋以外で悩みがあるとか。

 そんなのないですよ。

―何か知らないけど、とにかくいつもの佐藤さんじゃないと……。それなら竜王戦が始まる前に元に戻さないと、まずいんじゃないですか。

 でも最近はそうでもないです。新四段の北浜君に全日本プロでたたかれたのがショックで……。あれで目が覚めましたから、もう大丈夫だと思います。

   

佐藤は「遊び過ぎ」と言ったが、別にこの数カ月間、将棋から気持ちが離れていたわけではないし、また勉強をやめていたわけでもない。

遊び過ぎとは、要するに「勉強時間が減った」ということ。しかし佐藤にとっては、その「減った」ということが大問題なのだ。では本来の佐藤は、どれだけ将棋の勉強をしているのだろう。

―棋譜はどのくらい並べますか。

 半分以上の棋士の棋譜は並べてます。僕より上の世代の人、上のクラスの人のは全部。C1とC2の若手どころも並べてます。

―それじゃ、相当な数ですね。

 週に4、50局じゃないですか。

―みんなが佐藤さんを「研究家」と言うわけだ。

 でも、いまの僕は勉強不足ですよ。

―佐藤さんは、どのぐらい将棋に時間をかけたら「勉強」だと言うんですか。

 一日に少なくとも6、7時間は盤の前に座っていないとダメでしょう。研究会を含めてもいいですけどね。

―それは毎日ですか。

 もちろん、毎日ですよ。

―休みはないんですか。

 休み?休みなんか要るんですか。だって勉強は労働じゃないでしょう。

―一日6、7時間とは驚きました。しかし4月からの数カ月間は、これほどやってなかったわけですね。

 ええ。一日2時間ぐらいですかね。だから僕、このインタビューを受けるのが恥ずかしかったですよ。1年前なら自信があったんですけど。

―遊び過ぎといっても毎日2時間程度は棋譜を並べていたわけだ。それなら恥じることもないのでは。

 2時間じゃ全然、話にならないですよ。それはプロじゃないです。

―島研(島朗が主催する研究会。羽生、佐藤、森内が参加)のことを聞きましょうか。現在、島研はやってませんね。

 ええ、1年以上やってないです。

―この間、島さんに聞いたら「もう解散するしかないでしょうね」と言っていました。僕もそのほうがいいと思う。タイトルを争う人たちが研究会仲間というんじゃ、ちょっと具合が悪いですからね。島研は結局何年やったんですか。

 僕が二段のときからですから、9年になります。羽生さんは四段になってから入ったんですけど。

―会費がだいぶたまってるそうですが。

 そうなんです。150万円ぐらい余ってるんですよ。どうするんでしょうかね。

―4人の研究会で150万円もたまるというのは、すごいですね。

 あれね、公式戦の罰金もあるんですよ。だから、きついんです。

―公式戦の罰金って何ですか。

 毎月、負け越し数✕段位(単位千円)を払わなくちゃいけないんです。島さんが一番きついんですよ。一局につき8千円だから。竜王だと1万円ぐらい。罰金制は島さんが竜王になったときに始めたんです。当時、僕や森内君は4、5千円だったけど、島さんは倍払ってるんですよ。だから4連敗ぐらいすると日を噴いちゃうんです(笑)。

―それは厳しい。

 研究会の敗戦金も同じ方式ですからね。負け越しが許されないんですよ。ほとんど、お金を集めているようなものですよ(笑)。必然的に研究会も公式戦みたいな感じにならざるを得ないんです。

―島研以外の研究会は。

 以前はいろいろ入ってました。10以上入っているときもあった。

―10以上!

 将棋界には軍団とかグループとか、そういうのがないでしょう。だから、あらゆるところに行ってました。そのころは月に15日は研究会をやってましたね。

―現在はどうなんです。

 だいぶ減りました。4つぐらいです。

―どういうメンバーですか。

 ①塚田、森内、小野修。②島、富岡、小林宏。③藤井、小倉、佐藤秀司。④室岡、伊那(奨励会三段)。この他に⑤中村、室岡、伊那がありますが、これは将棋を指さない研究会です。最近の将棋の傾向を研究したり……。

―研究会の回数は。

 1ヵ月に1回とか、2ヵ月に1回とか、マチマチですから、大した回数ではないです。平均すると月に4~5日でしょう。

―研究会は、どういう理由でやってるんですか。やらない棋士もいますよね。

 僕の場合は実戦不足を補うため。研究というより、実戦のカンを養うわけですね。だから秒読みの練習みたいなものです。僕にはそういう勉強法が一番合ってるような気がします。一人で局面を深く研究しても結局わからないですからね。

(中略)

―佐藤さんは将棋に負けたあと、どうしてますか。

 泣いてます。

―えっ?

 家に帰って泣いてます。全部の対局じゃないです。負けた内容によって、いろいろですけど……。これだけは奨励会時代からずっとそうなんです。

―では、勝ったときはどうですか。

 快勝したら慢心します。

―オレは何て強いんだろうと(笑)。

 逆転勝ちのときには慢心しませんけど。

―勝てばいいというわけではないんだ。

 最近はひどいんですよ。幼稚園みたいな将棋が多くて。

―何ですか、それ。

 いや……最近よく負けてますからね。僕が怖いと思うのは、将棋指しの場合、勝率が徐々に落ちてくるんではなく、突然落ちることがあるということです。

―そういう人、いますね。

 怖いですよね。そういう不安を僕は持ってますよ。

―通算勝率が7割を超えている人が何を弱気なことを言ってるんですか。

 いや、いまは弱過ぎて話にならないです。順位戦だって急所で競争相手に負けるから上がれないんですね。去年は森内さんと中村さんに負けて終わり。そういえばC1のときも森内さんと村山さんに負けたなァ(笑)。だから僕、たしかに勝率は高いけど、急所の勝負ではけっこう負けてるんです。要するに、まだ弱すぎるんです。

(以下略)

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「休み?休みなんか要るんですか。だって勉強は労働じゃないでしょう」は、言われてみれば本当にその通りで、非常にインパクトのある言葉だ。

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昨日の記事「ある日の塚田研究会の食事会」で弦巻勝さんが、”今将棋界では、日に7,8時間の将棋の勉強ではたりないのでは、と言う棋士まで現れています”と書いているが、その棋士こそがこのインタビューでの佐藤康光竜王(当時)。

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学生時代、私は何時間勉強をしていたのだろうと思い出してみた。夕食を食べて見逃せないテレビ番組を見て、それから勉強にとりかかって、という感じだから、いいところ1日2~3時間程度だったのだろう。大学時代など勉強をしない日が非常に多かった。

しかし、よくよく考えてみると、学校に行って授業を受けること自体が勉強ということになるので、そういう意味では1日6~7時間の勉強をしていた勘定になるのか。

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酒を飲んでいるうちに、楽しくてあっという間に6~7時間経っているということが珍しくない。

6~7時間。いろいろと考えさせられる時間の長さだ。