「羽生君や森内君をやっつけるには、もう女性で人生を狂わせるしかないよ」

将棋世界1989年4月号、青島たつひこさん(鈴木輝彦さん)の「駒ゴマスクランブル」より。

 一方、羽沢ガーデンで行われていた全日本プロ。ここでも十代の森内が名人相手に逆転勝ち。終盤谷川にいくつか勝ち筋があったのに、一番得意なはずの終盤で谷川が間違えてしまう。変な言い方だが、年上の棋士相手には考えられない現象だと思う。

 対局のあと、谷川名人、塚田八段(マガジンの観戦記役)、谷山浩子さん(若者に絶大な人気のあるシンガーソングライター。将棋ファンでこの日は東公平氏の紹介で観戦にいらしていた)の三人と新宿へ出た。

 谷山さんは実に気さくな人で、しきりに谷川名人を元気づけようとされるのだが、肝心の名人の方がどうにも元気がない。

「長い持ち時間に慣れちゃって、秒読みになると向こうの方が手の見え方が早いんだよな」

「羽生君や森内君をやっつけるには、もう女性で人生を狂わせるしかないよ」

「しかしそれはちょっと情けない考えなんじゃない」

「いや、そうしないとボクらの立場が危ない」

 記者は酔っ払っていたが、夢の中でそんな会話を聞いたような気がした。それにしても二人の女性関係の方こそ、どうなっているのか…。それでも気を取り直してカラオケを歌いまくり、解散したのが午前5時。この日の新宿は異常な混雑で朝までタクシーがつかまらず、名人も始発でホテルへ。お疲れさまでした…。

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鈴木宏彦さんが聞いたような気がしたという会話が面白い。

しかし、女性で人生を狂わせる方法がなかなか難しい。

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中国の歴史には何度か『傾城の美女』と呼ばれる女性が登場してくる。

君主がその美しさに夢中になって、最後は自国を滅ぼしてしまうほどの美女。

漢書では、「北方有佳人 絶世而獨立一顧傾人城 再顧傾人國 寧不知傾城與傾國 佳人難再得」 (北方に佳人あり、絶世にして独り立つ。一顧すれば人の城を傾け、再顧すれば人の国を傾く。寧んぞ傾城と傾国とを知らざらんや。佳人再び得難し)と書かれている。

本人に悪気があるなしに関わらず、国を傾けてしまう美女。

このような女性を羽生善治五段(当時)や森内俊之四段(当時)に紹介すれば効果は抜群だろうが、そもそもそれほどの魔力を持った美女はなかなか存在しないし、いたとしても、人に紹介をする前に自分が好きになってしまうわけで、これでは本末転倒になってしまう。

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好きな素振りを見せながらも、他に好きな男がいるのではという疑念を抱かせつつ、男を翻弄し、順位戦のある日の朝などに「今日は体調がとても悪い…あ、わたしのことはいいから今日は対局に行って。うん、わたしは大丈夫…いい将棋指せるよう祈ってる。…でも、今日は早くこの部屋に戻ってきて。一緒に夕ごはん食べたいなっ」のような女性に夢中になってしまったなら、将棋にはかなり悪影響が出そうだが、このようなことが続くと関係は長続きしないものなので、女性で人生が狂うまでには至らない。

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30歳まで謹厳実直な生活を続けてきた人が、例えば六本木のクラブやキャバクラなどに初めて行って、その楽しさに狂ってしまい、店にたくさん通ってしまうという事例も多く見受けられるという。

一般的には、このケースが女性に狂うことができる可能性が最も高いと言えるだろうが、羽生五段も森内四段もこの時はまだ18歳まので、なかなか効果はなさそう。

女性で人生を狂わせる方法はなかなか難しい。