近代将棋1988年6月号、羽生善治五段(当時)の連載自戦記(若きエース勝負の記録)「一年の締めくくり」より。
昨年6月に始まった今期順位戦も残す所あと一局になりました。
”光陰矢の如し”と言いますが、正にその通りでした。
既に昇級が決定している為、気合が入りにくい状況なのですが、ここで緩むと将来に悪影響を及ぼす可能性があるかもしれないのです。
気を引き締めていかなければなりません。
昭和63年3月8日 C級2組順位戦
飯野健二六段-羽生善治四段▲2六歩△8四歩▲2五歩△8五歩▲7八金△3二金▲2四歩△同歩▲同飛△2三歩▲2六飛△7二銀▲9六歩(1図)
端歩の関係
飯野六段は軽快な捌きを得意とし、激しい将棋を好む棋風である様です。
ですから初手▲2六歩は予想通りです。
1図の▲9六歩で先手がひねり飛車で来るような気がしました。
その理由は、この手がひねり飛車には欠かすことが出来ない一手で、しかも他の戦型では不急な一手だからです。
1図で▲1六歩ならば、相掛かり系統が予想されます。
1図以下の指し手
△9四歩▲3八銀△6四歩▲7六歩△8六歩▲同歩△同飛▲5六飛△4二銀▲4八玉△8二飛▲7五歩△4一玉(2図)速いテンポ
この戦型は飯野六段の実戦豊富な形なのか、指し手が停滞する事無く進みます。
僕の方も類似形を何局か指しているので、普段よりは比較的に速いテンポで指し手を進めます。
ひねり飛車という戦法の特徴は、何と言っても持ち駒に歩を二つ持っていることだと思います。従来の振り飛車の場合、持ち駒に歩が無い為に自ら動くことがやりにくい様です。だから、振り飛車とひねり飛車は似ている様で全く違う戦法だと思います。
2図以下の指し手
▲3九玉△3一玉▲7七桂△6三銀▲8五歩△7二金▲1六歩△1四歩▲6八銀△4四歩▲7六飛△3四歩▲5六歩(3図)名無しのごんべえ
両者、自陣の整備を続けています。
3図の▲5六歩の所では、▲6六歩も有力ですが、ここではどちらでも一局だと思います。
先手の囲いは、大体完成していますが、後手は△3三角、△2二玉の二手が必要となります。
不思議な事に、この二手を入れた形はプロの実戦で数多く指されているにもかかわらず、この囲いの名前が未だ付いていないのです。差し詰め、名無しのごんべえ囲いと言った所でしょうか。
(以下略)
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羽生善治五段(当時)の、とてもわかりやすいひねり飛車の導入部分の解説。
羽生五段は、この最終局にも勝って、全勝でこの期の順位戦を締めている。
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3図から△3三角~△2二玉とした対ひねり飛車定番の囲いには、いまだに正式な名前が付いていない。
ひねり飛車が1990年代後半からあまり指されなくなったことも、現在に至るまで名前が付けられなかったことに影響しているのかもしれない。
そういう意味で言うと、羽生善治五段によって書かれた「名無しのごんべえ囲い」が、この囲いに付けられた最初で最後の名称である可能性も高い。
昭和の頃でさえこの囲いに名前がついていなかったのが不思議と思われていて、更に平成に入って26年経っても正式な名前がついていないわけなので、この囲いが「名無しのごんべえ囲い」と名乗る資格は十分にあると思われる。