郷田真隆九段がゴルフに夢中になった時代

近代将棋2002年12月号、泉正樹七段(当時)の「野獣猛進流 囲いの攻略法」より。

  猛進君のゴルフ開始時、他の棋士もつられるようにしてこぞって始めました。名を挙げれば、佐藤(康)、郷田、中川、佐藤(秀)といった面々。

 低レベルなので教え役も必要。キャリアもあって実力もハーフ39が出る達六段が皆の番長役。

 兄貴分的幹部には佐藤(義)八段、飯野七段が付きそってくれ、総司令官には河口七段が着任。

 河口先生は始めた人達のゴルフは筋が悪すぎるからといって、友人の坂田信弘プロを招いてくださり、練習場で一斉にご指導していただきました。

 ひと通り見て坂田プロの感想は「河口さん、こりゃあ想像を絶するゴルファーばかりですな、力まかせの人ばかり。あえて奨励会のレベルにあるといえるのは飯野さんと達さんぐらい。佐藤(秀)さんのはスモウをとるんじゃないんだから、とにかく力の入り過ぎ。それにしてもひどいのが武者野さん。これはとてもゴルフのスイングではありません。あれで球にあたるのは手品に等しいぐらい不思議なことです」

 他にも色々言われていたが、一人一人ていねいに教えてくださり、ちょっとしたアドバイスが効果てきめん、皆急に快音を発するようになったのです。

 猛進君がゴルフにのめりこむ要因となったのは、マリオ先輩(武者野六段)のご自宅(群馬県館林市)近くにショートコースがあったからです。(野鳥の森Gガーデン)

 このショートコースはメンテナンスがしっかりしていて、グリーン上はプロだって3パットしかねない程アンジュレーションが複雑化している。

 最初は「ショートコースだろ」とばかにしていた人もなかなかパープレー(ハーフ3×9=27パー)で回れない。

 本格的コースとあって棋士以外にも足を運ぶ人が増え、5回ぐらい10人ほど集うミニコンペを開いたこともあった。

 優勝を狙う猛進君は1週間前から現地入り。マリオ先生のご両親の家のほうに連日泊めていただきゴルフ三昧。

 朝9時から夕方5時過ぎまでみっちり3ラウンドをこなすのであった。

 当時、郷田九段も相当入れこんでいて、彼も3日か4日は平気な顔をして連発していた。当然将棋勝ちまくりのわけですから、最低週1回は対局がある。明日対局なら帰るしかなく、「もっとやりたいよ~」と泣く泣く帰っていくのでした。

 コンペの偵察のため入れ代わり立ち代わり参加者が訪れるが、コース案内人の野獣は毎日足取りも軽やか。

 始めて1年ぐらいでしたが、同じショートホールを毎日そんなに回っていれば、いやでもうまくなるワナ。本コースでは130を(ドライバーがOBだらけ)いったきりなのに、ショートでは別人。アイアンショットは測ったように同じ地点に打てた。30を切りそうな好スコアもしばしば出ていたから来る人来る人、「これがOB連発で叫びまくっている泉か?」と不思議がっていた。

 そんなうわさを聞きつけて、湘南の方からはるばる河口先生が来られたこともあった。

「泉君。君はアイアンならプロ並みらしいじゃないか、拝見させてもらうよ」といいつつ全然信用していないようでした。

 こうなると必然的に意気込むのは野獣の習性。

「よし、今日こそ30のカベを突破。河口先生に目にものを見せてやるワイ」と燃えたぎってスタート。

 河口先生はベテランゴルファーらしく(この時すでにキャリア30年)各ホールを淡々とプレイ。木があったり池があっても全然驚いたりしない。「ハハーン、ここは右から攻めさせて、あの唯一のバンカーに入れさす気だな」というようなぐあいに各ホールの落とし穴をやすやすキャッチ。

 もう一人いっしょに回った佐藤(義)先生も熟達したプレイで難なくパーを取る試合巧者ぶり。

 そして6番ホールで、プロ同等の高弾道のぼーるでなんと!紛れもないホールインワン達成!! 150ヤード程の距離ですからそれはそれは感動的でした。ちなみに佐藤先生はホールインワンやイーグルショットの名手で、猛進君は7、8回は目撃しています。

 河口先生と佐藤先生の両ベテランに囲まれ野獣流のショットは焦りを感じて四方八方へ乱れ打ち。まさか、事もあろうにマリオ先輩にも敗れて、スコアは40台へ突き抜け。やはりゴルフはメンタルな部分が大きいと痛感したものでした。

 それにしても感動したのは、ホールインワンを決めた佐藤先生が29で、パーを(1バーディー2ボギーだったはず)丹念に取り続けた河口先生が28で佐藤先生を上回ったこと。

 初めて来て1オーバーで回った価値は高いと思ったので猛進君は来る人皆に言いふらしましたが、河口先生は「そんなの、うまいヤツらからすれば何でもないんだから」と平然としていました。

 昔とった杵づか、プロゴルファーも考えたという腕前は全然さびていませんでした。

(以下略)

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佐藤康光九段がゴルフを始めたのは1992年からということなので、郷田真隆九段、中川大輔八段、佐藤秀司七段がゴルフを始めたのもこの頃ということになる。

故・河口俊彦八段の燻し銀のゴルフ、佐藤義則八段の捌きのゴルフが印象的だ。

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群馬県館林市は東京23区内から電車で1時間半~2時間の距離。

そして、「野鳥の森ゴルフガーデン」は館林駅から車で5分、隣の茂林寺前駅からなら徒歩10 分なので、比較的気軽に行ける場所と言える。

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郷田真隆九段がゴルフというのは、あまりいイメージが結びつかないが、週に3~4日館林に滞在していたわけなのでかなりゴルフに凝っていたのだろう。

館林に住む武者野勝巳七段にはお嬢さんがいるが、この頃まだ幼稚園に入るか入らないかのお嬢さんがたちまち郷田真隆五段(当時)の大ファンになり、「大きくなったら郷田さんのお嫁さんになりたい」と語っていたという。