将棋世界1986年7月号、N記者の「千葉そごう将棋まつりに拾う 大山、米長、中原を質問攻め!」より。
千葉そごう将棋まつりも今年で10回目を迎え、盛大に開催された。
席上対局、一般棋戦等の催しも好評を得たが、ここでは中原誠名人、大山康晴十五世名人、米長邦雄十段がそれぞれ会場のファンに語った言葉より取材してみた。題して”棋士達の本音”
果たしてその内容は。
中原名人の巻
まずは5月3日に行われた、中原名人に質問攻め、という趣向から始めよう。
―今期名人戦第1局は居飛車穴熊でしたが、戦法を決めたのはいつからですか。また今後もやりますか。
中原 まだ途中ですから今後の事は…、第1局の採用は大山先生の棋譜を調べた時最近は穴熊に勝率が悪いように思えましたので…。しかしこれも評判がいい人だけでなく、悪い人もいますので…。戦法は難しいですね。
―居飛車穴熊は田中寅彦八段と共同研究でもしたのですか。
中原 同門ですが特に共同で研究することはありません。それに私もいろいろな指し方を知っていましたしね。(笑)別に田中先生に教わったわけではありませんよ。(笑)
―今期の名人戦は早い進行で、大盤解説に行っても終わっていた事もありました。解説場でも盛り上がるように、もっと長い将棋にして下さい。
(妙な質問をする方もいるものである)
中原 一局の将棋は相手とのリズムもありますので意識して遅くする事はできません。でもこれからは熱戦が続き、自然に遅くなるでしょうね。
―対局の時は何を食べますか。
中原 食事の好みは各棋士いろいろですが、私は普通の対局は昼食に天ぷらそばとか軽いものにして夕食はうなぎか寿司が多いですね。タイトル戦ですと1日目の昼は軽いもので、2日目の昼は若干重いものにします。やはり夜になると全然食欲がなくなりますからね。
―中原名人は巨人ファンということですが選手は誰が好きですか。
中原 子供の頃は長島さんでしたが、今は江川投手の初登板の日にたまたま後楽園で見たので江川投手が好きです。
(江川は今期絶好調なすべり出し。中原名人もこれに刺激されたのかな)
―指し手は読めば読むほどプロでは弱いといいますが本当ですか。
中原 一概にはいえませんが、10手先で形勢判断するより5手先で判断する方が無駄が少ないですね。ですから読むと同時に省く事も大事ですね。
―普段将棋のない時はどうしているんですか。
中原 私は対局中心の生活ですが、対局のない時は原稿書き、サイン、マスコミの取材等で何となくつぶれています。そして暇な時はレコードを聞くとか、子供やネコと遊んだりしています。
―内弟子時代師匠に将棋を教わらなかったんですか。
中原 直接教わったのは1回だけでしたね。ただ師匠が原稿を書く時一緒に調べましたので、これは勉強になりました。金先生や兄弟子にはよく教わりました。でも時代が変わりましたので最近は教える師匠も多いようです。私は何も教えない方ですがね。
(ファンからの難問奇問にも終始笑顔を絶やさず答えた中原名人であった)
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大山十五世名人の巻
続く4日は大山十五世名人の講演が行われたが、その中よりのいくつか。
大山 私が今期名人戦の挑戦者になったので年齢が63歳という事もあり、実年の代表として関心を集めているようです。
この名人戦で私が今2連敗していますが、これで良かったと思っています。
何故かというと、永田久先生と2局目が終わった時話をしたのですが、今期は易の上からいくと最初二番負ける、と出たそうです。三番目はひょっとすると勝ち。四番目は負け。そして五番目からは運勢が開けるというのです。そうすると4-3で私の勝ちとなるかもしれません。
まあ、当たるも八卦当たらぬも八卦といいますので結果は分かりませんが、勝てる、という事を内心思いながら頑張ろうという気になっています。
(中略)
私は今酒をやめています。これも酒が悪いというのではなく、宴会などに出るのを減らせば体も安まるし、健康に役立つと思ったからです。人より違う自制心を持つのがよいと思います。
私の母は96歳ですが、今でも元気で倉敷の家の留守番をしています。その母が4月にころびまして足を骨折したのです。それで手術するので入院しましたが、持っていた手帳に自宅の電話番号が書いてないんです。これは自宅は憶えているから書く必要がない、というわけです。家を守るという責任感がボケ防止に役立っていると思いました。
96歳というと私はあと33年あるわけですが、その間をどう生きようか、と思いながら昨日帰って来ました。
(まさかその33年間ずっと現役を通していたりして…。イヤ冗談ではなく、大山十五世名人ならその可能性も皆無ではない、と思ったものである)
大山 一局の将棋での読みもあまり長く考えるのはよくありませんね。形勢が悪い時長く読めば早く負けが分かることになって面白くないからです。私はその時その局面で最善をつくそうとするのが良いと思います。後は心と肉体の姿勢を正すように考える事が出来不出来の少ない仕事ができることにつながると思います。
それにいい手を指すよりミスを少なくするように心がける。そういう気持ちで今後の名人戦も精一杯頑張ります。
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米長十段の巻
最終の5日は米長十段登場。さすがの人気で解説、対局にも皆の視線を集中させていた。ここではファンとの質疑応答より拾ってみた。
―一番好きな棋士と嫌な棋士は誰。
米長 好きなのは谷川浩司、中原誠。中原さんには以前痛い目にあいましたが、ここんとこは痛めつけています。嫌いな棋士は皆さんがご存知でしょう。(笑)
(中略)
―対局中は眠くなりませんか。
米長 対局の際に寝る事がしょっちゅうです。タイトル戦の1日目などは中原さんが30分、私が35分と寝ますがその間互いに邪魔しません。そんな馬鹿なと思われそうですが、人間の集中力というのはそんなに続きません。ですから時々頭は休めた方がいいのです。相手が長考する時は分かるので、その間休むわけです。でもこれもダラダラ寝るのではなく、むしろ積極的に寝るようにしています。
(中略)
―勝負に運はあるでしょうか。
米長 今日は運とか女性の話が出るのを恐れていました。(笑)運を大事にし、勝負の重要なポイントと思っているのは将棋界では大山、米長の二人でしょう。ですから盤面の研究だけでは二人の将棋は分からないはずです。昨日は名人戦のことを大山先生が話したそうですが、大山勝ちとすれば出だし2連敗しかないでしょう。そして1勝3敗となれば理想的な展開です。問題は5局目で、これに勝てば運があれば名人を取れるでしょう。でも大山先生が本当に名人復帰を望むならば昨日話さなかったはずです。口に出した時から運が去る。実によくありません。
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この時代の将棋まつりにタイムマシンで行けたような気分になれる記事だ。
中森明菜「DESIRE」、少年隊「仮面舞踏会」、TUBE「シーズン・イン・ザ・サン」、石井明美「CHA-CHA-CHA」、 荻野目洋子「ダンシング・ヒーロー 」などが流行っていた時代。
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この期の名人戦は大山康晴十五世名人から見て、●●◯●●で中原誠名人に敗れている。
第4局目までは永田久さんと米長邦雄十段(当時)の見立て通り。
たしかに、自分の中に閉じ込めておけば良いことを人に話すと、運気が変わるということがあるのかもしれない。
永田久さんは1925年生まれの数学者で、数学関連の著書の他に『暦と占いの科学』、『暦の知恵・占いの神秘』などを執筆している。
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中原誠名人の、「タイトル戦ですと1日目の昼は軽いもので、2日目の昼は若干重いものにします。やはり夜になると全然食欲がなくなりますからね」は、これからのタイトル戦昼食予想の指針となるような言葉だ。
それにしても、中原名人をして、全く食欲が起きないようなタイトル戦二日目の夜。
いかに過酷な世界であるかがわかる。