昨日の記事の続き。
将棋世界1994年12月号、豊川孝弘四段(当時)の16ページ講座「力戦型の指し方」より。
△3二金戦法の巻(4)
行方尚史四段との棋聖戦予選です。
初手からの指し手
▲7六歩△3二金▲7八飛△3四歩▲6六歩△6二銀(中略)
行方四段は石田流の布陣を敷きました。
対する僕はというと引き角から棒金という構想に出たのですが、これが良くなかった。▲5六銀~▲6五銀が「さすが竜王戦挑決男」といった銀の繰り出しで、作戦負けとなってしまいました。
18図では5四の歩を守らなければなりませんが、普通に△5三銀と上がって受けるのは▲7四歩△同歩▲同銀△7五歩▲同角△7四金▲5三角成△同角▲7四飛(参考I図)と進んでつぶされてしまいます。
参考I図で後手の持ち駒に歩が一枚あればこの攻めも受かるのですが、「歩切れは毛切れよりも痛い」といわれるように、一歩がないため適当な受けがないのです。18図から僕の苦しい受けが続きます。
18図以下の指し手
△4三金▲7四歩△同歩▲3一角成△同玉▲7四飛△同金▲同銀(19図)18図から△5三銀では前述の手順でやられてしまうので、やむを得ず△4三金と受けました。
しかし銀を前線に繰り出して攻めに参加させることに成功した行方四段は攻撃の手を緩めてくれるわけがありません。
当然▲7四歩から攻めてきました。
僕としては「引き角棒金」で石田流の布陣を押さえ込む構想が早くも狂い、難局になっています。
行方四段の▲7四飛は強手ながら当然の一手。うっかり銀からくると△7五歩で飛車が死んでしまいます。
19図では次に▲6一角と金取りに打たれる手が厳しい。金取りを受けると▲8三銀成と飛車を詰まされてしまって僕の王様はいっぺんに寄せられてしまいます。
19図以下の指し手
△9二角▲5六角(20図)苦しまぎれに19図から△9二角と打ちました。
8三の地点に駒を一枚利かせつつ、銀取るっすよ、と精一杯脅しをかけた手です。これが利いたみたいで、行方四段は▲5六角と打ってくれたので楽になりました。
▲5六角ではやっぱり▲6一角と打たれていると苦しかった。以△7四角▲4三角成△3二銀▲6一馬(参考J図)と進められて、飛車をいじめられそうです。といって▲6一角に△4二金と逃げるのは▲8三金とヘアヌード写真集のような露骨な攻めが厳しくやっぱり後手がいけません。
本譜、△9二角▲5六角の交換を入れたあとに、僕は狙っていた受けの勝負手を放ちました。
20図以下の指し手
△5一銀▲6三銀成△6九飛▲9二角成△同飛▲6五桂(21図)6三の地点を守っていた銀を5一に引くのが、狙っていた一手でした。
先手は▲6三銀成ときますが、その一瞬の隙に△6九飛と飛車を降ろしたのが大きな一手です。
実はこの飛車を打てたのも△9二角と▲5六角の交換が入れてあるから。
角を打ち合わず単に△5一銀と引くのは▲6三銀成(参考K図)とこられると次の▲6四角の王手飛車がきつく、後手は一手をかけて王手飛車を防がなければなりません。
ところが本譜は角の打ち合いが入っているため手順に王手飛車のラインから飛車が逃げることができました。ゼロ手で9二へ飛車が寄ったことになっているのです。そこで稼いだ一手が△6九飛と打ち降ろした一手に振り替わっているのが本当にバカでかいのです。
21図以下の指し手
△9九飛成▲5三桂成△同金▲同成銀△2四香(22図)21図から進んで△2四香と打てたところでは後手優勢です。次は△2七香成~△4九竜と迫る手を見ています。
22図以下の指し手
▲7九歩△同竜▲4三成銀△2二玉▲9七角△2七香成▲4八玉△3六桂▲同歩△2六角▲3七桂打△同成香▲同桂△同角成▲同玉△4九竜(23図)行方四段は▲7九歩△同竜としてから▲4三成銀と寄って王手竜取りを見せますが△2二玉とかわして大丈夫。▲9七角の竜取りに構わず狙いの△2七香成を決行して寄せに行きます。23図では▲3一角打の王手にも△1二玉と寄っておけば後手玉に即詰みはありません。
僕の実戦をもとに解説しましたが、いかがでしたでしょうか。定跡通の方も、ときにはこんな力戦形で戦ってみてください。勝っても負けても「将棋の腕力」がアップすること間違いありません。
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豊川孝弘四段(当時)が、「ヘアヌード写真集のような露骨な攻めが厳しくやっぱり後手がいけません」と書いているのは、次の変化局面。
たしかに▲8三金は露骨だけれども強烈な一手だ。
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Wikipediaによると、日本でヘアヌード写真集が違法とは見なされなくなったのが、1991年に刊行された樋口可南子さんの写真集「ウォーターフルーツ」からだという。
そういう意味では、この文章が書かれた1994年はヘアヌード写真集が急速に増えつつある時代でもあった。
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変化局面図の▲8三金。
モンブランの上に粉糖をまんべんなく分厚くふりかけて、その上にあんみつに乗っている大きなアンコを乗せて雷おこしをトッピングしたケーキのような、あるいは300gの牛カルビ焼肉を分厚いテンダーロインステーキとフォアグラのソテーで挟んで大量のガーリックバターをかけた肉料理のような、胸焼けしそうな雰囲気も持っている。
しかし、これは先手側から見た時の感想で、盤を反転させて後手の立場で見てみると、巨大な鉄骨と無数の大きなガラスの破片が頭上に落ちてきたような感じにさせられるから不思議といえば不思議だ。
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行方尚史八段がA級順位戦プレーオフで久保利明九段を破り、名人位挑戦を決めた。
今から予想するのは早過ぎるかもしれないが、行方八段の充実ぶりから見て、今回の名人戦は、どちらが勝っても第7局までのフルセットになるような感じがする。