郷田真隆六段(当時)「あいや、しばらく」

将棋世界1998年3月号、真部一男八段(当時)の「将棋論考」より。

郷田流

 今期の棋王戦は郷田六段が敗者組から勝ち上がり、決勝で南九段に二連勝して挑戦権を獲得した。今年度(平成九年度)はこれまで3度決定戦に臨みながら、武運つたなく総てを逸していたのだから、それにもめげぬ精神力は大したものである。これで郷田の流れが変わるかもしれない。羽生棋王との番勝負が楽しみになってきた。そこで最近の郷田のエピソードを交えて彼の棋風を別の側面から見てみよう。昨年の大晦日、友人を集めて年越しそばを食う会を寓居で開いた。そばを食うというのは、いわば酒盛りのための口実のようなものであるが、これは毎年の年中行事になっていて暮れの楽しみのひとつである。

 夕暮れ時になると三々五々友人達が集まってきた。その布陣は元バックギャモン日本チャンピオン下平氏と令夫人、現在チャンピオンの藤田氏、週刊将棋編集部のスカ太郎こと加藤氏の面々である。因みに加藤さんは昨年ボウリングのプロライセンスを取得して皆を驚かせた。郷田君もあとから参加することになっている。

 棋界の裏話などを肴にして皆それぞれオダをあげている。オフレコの話が多いので誌上再録しづらいのが残念であるが、少しだけ披露しよう。

 ある時、森雞二先生と雑談の折、最近若手棋士の身だしなみが良くなってきたという話になった。森さんがこう言った。「島君のスーツはアルマーニというブランドだそうだ」。我々はブランド物に疎く良くわからないのだが、私はそれを受けて「それじゃあ森さんのはアニマールだね」と言って様子を窺うと、森さんはちょっと小首をかしげてから「うんそうだ、僕の背広はアニマールだ」とはしゃいでいる。爾来、森さんの呼び名がアニマール森となったのは知る人ぞ知る。

 もうひとつ、以前この欄で近藤式中飛車が猛威をふるっているが、いつか近藤ウイルスに対する抗体が発見されるであろう、という主旨のことを書いた。

 その後、丸山七段が早期角交換という対策を編み出して、近藤流もかつての神通力を失ってきた。丸山が発見した近藤ウイルス撃退法、この特効薬はその後、神谷六段によって「丸山ワクチン」と名づけられた。そんな他愛のない話で盛り上がっているのだが、郷田君がやってこない。確認の電話を入れてみると、もうすぐ行きますとのことである。後でわかったのだがどうやら彼は年賀状を書いていたらしい。酒もほどよく回ってきたところで、「そろそろタヌキでもどうでしょう」と提案すると、衆議一決、食卓の上は戦いの場へと変貌を遂げた。タヌキとはサイコロゲームの一種で、親がサイコロを2回振ってその目を子が当てる遊びである。具体的には卓上に1から6までの印のついた紙を置き、子は自分の予想した数字の上にチップを何枚か賭けるのである。その張り方によって当たった時の配当が変わるのであるが、まあ非常に単純なゲームである。ゲームをやりながらも時々郷田君に電話を入れるのだが、なかなか用事が片づかないらしい。ようやく出頭してきたのは年も変わる直前で、皆でそばを食べ始めた頃だった。卓上のサイコロやチップを一瞥した彼の表情に一瞬諦めの色が見えたのは、私の気のせいだったかも知れない。我が家にきて無事に帰れるはずのないことは郷田君も先刻承知であったろう。おざなりの食事を済ませ戦いは再開された。

 皆、勘を頼りにそれぞれチップを張ってゆく、頃合いを見はからって親が壺をどけてサイコロを見せる。ところが、親が「ではよろしいですか」と声をかけて中身を見せようとすると「あいや、しばらく」の声が聞こえる。郷田君から待ったがかかったのだ。彼は一人長考を続けているのである。次も同じである。親が壺を開けようとすると「ちょっとお待ちください」と声がかかる。またもや熟考中の様子だ。それが何度も繰り返されるので、私は遂に噴きだしてしまった。しかし可笑しいのと同時に内心、郷田らしいなと感じていた。彼の将棋における長考ぶりは周知の事実で、そのつき詰めて行く姿勢は加藤一二三九段と好一対である。

 以前、郷田が碁を打っているのを見た。彼の棋力は初段前後で、それほど考える内容を持っているわけがないのだが、やはり一手ずつ長考を重ねているのである。誰でも納得しないで次の一手(行動)は選べないのだが、納得の仕方が十人十色である。所詮世の中こんなものと言って行動する人でも、それなりの根拠はあるのである。将棋にも、どう指しても一局という表現がある。それは経験によって導き出された指針なのだろうが、郷田にはそういった納得の仕方ができないようである。人間を全体的なものとして捉え、患者個人の愁訴を聞くことで治療を行う東洋医学と、現代急速に注目されてきた遺伝子レベルで治療を考える分子生物学、郷田はどちらかといえば後者に近い考え方かも知れない。

 但しこの考え方は持ち時間という制約がある対局においては、かなりのリスクをともなう行き方といえよう。

 羽生には自分でわからない局面は相手もわからないだろうと手を渡してしまう不敵さがある。そういった二つの異なった個性がぶつかる今度の五番勝負、大いに楽しみである。読者も指し手だけを見るのではなく、消費時間にも注目して両者の心理面にも思いを馳せてみてはいかがであろう。

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ここで書かれているタヌキのようなサイコロゲームは、麻雀のように手作りなどを必要としないわけで、普通に考えるならば長考が介在する余地はないと思われるのだが、このような単純なゲームでも自分が納得が行くまでとことん考えるところが、郷田真隆九段の真骨頂のひとつと言えるのだろう。

サイコロゲームと囲碁、まさに真部一男八段(当時)の造詣の深い分野からあぶり出した郷田真隆六段(当時)の棋風の本質。

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昨日の王将戦第6局は、凄まじい熱戦が繰り広げられ、郷田真隆九段が渡辺明王将を破った。

既に中継や新聞等で報じられている通り、最終盤に互いに同じ錯覚をしていて、最後に悪手を指した形の渡辺王将が敗れることとなった。

1図はその局面。

郷田渡辺1

ここでは、▲2八飛△1七玉▲3七銀と詰めろをかければ先手勝勢だったという。

ところが、郷田九段の指し手は▲2九銀(2図)。

郷田渡辺2

△2九同桂成なら後手が勝っていた。ところが渡辺王将は△2九同玉。

2九に桂馬が利いていない、と両者に同じ錯覚があったのだった。

郷田渡辺3

毎日新聞の記事では「互いに2九同桂成と取る手がないと、同じ錯覚をしていたようで、局後の指摘に、両者ともに頭を抱えた」と、ネット中継では「終局後のインタビューで△2九同桂成を指摘されると、渡辺は一瞬きょとんとした表情に。郷田が「あっ」という表情で頭に手をやり、すぐに渡辺も「あっ、そうか」と苦笑い。二人とも気づいていなかったようだ」と書かれている。

以前のブログ記事でも紹介したが、囲碁の小林光一名誉棋聖・名誉名人・名誉碁聖は2012年に対局中のテレパシーのような現象について次のように語っている。

「ふたりとも気づかなかったから、こうなったのです。片方が気がついたら、もう片方も気づく。対局者どうし、頭がつながっているのです。対局中はテレパシーがびんびん伝わってきますよ」

郷田九段が▲2九銀と指した直後、郷田九段が△2九同桂成に少しでも気がついていたら、郷田九段が表情を全く変えなかったとしても渡辺王将も△2九同桂成に気がついていたかもしれない、ということだ。

二人の棋士が魂を振り絞って考えている世界、このようなことが起きるのは、不思議なことではないのかもしれない。

対局中のテレパシー