「何とでもなるんだから、いつやめたっていいんですよ」

将棋世界1988年5月号、五十嵐豊一九段の「現役引退の弁」より。

 順位戦で6連敗を喫した日、私は現役からの引退を決意した。遅きに過ぎた決断だったようにも思う。

 近年の惨憺たる私の成績が、目に余るものだったことは間違いない。

「九段の権威を何と心得ているか」「いい加減に身を引くべきではないか」など、など、いろんな非難の声が聞こえてくる。いちいち、仰せごもっともで、返すコトバもない。

 それでも、私は耳に入らぬ風をよそおって、対局にいそしんだ。根っからの将棋好きなのかもしれない。いざ戦わんかなの気合を内に秘めて、コマ箱からコマを取り出すときのその感触。最高の手段を求めて、ひたすら盤面に没頭する折のあの緊張感など、なにものにも代えがたい魅力といってよい。おいそれと、この環境から抜け出す気になれなかった、というのも本音である。

 だが、こんなきれいごとばかりも言ってはいられない。現役を退くさいに、誰しもまず頭によぎるのは、経済面のことではあるまいか。現役を去れば、収入が減るのは当たり前の話である。

 雨露をしのぎ、晩酌ができれば言うことなし、とするのが私の人生観だ。引退をしても、将棋のおかげで、それくらいの生活はできそうに思われる。ただし、家族はどうか、となると話は別だ。引退にふみきれなかった、第一の理由にあげられよう。

 その日をはっきりと思い出せない。深更までの対局を終え、くたびれ果てて、明け方近くに家へたどり着いた私を迎えた妻が、酒の相手をしながら「何とでもなるんだから、いつやめたっていいんですよ」と明るい声で言った。私も気持ちがぐらついたのは、この時からである。

 最近における私の将棋は、まるきり体をなしていない。形勢を悪くすると、そのままずるずると押し切られてしまう。よい将棋を作っても、夜戦に入って、土壇場でひっくり返されるというパターンが続くのだから、我ながらあきれるよりほかはない。

 畏友原田九段は、現役高段棋士の最大のつとめは、鍛え磨いたその技芸を、将棋ファンの皆さんに披露することにあるという。その観点に立つと、いまの私などは全く失格である。もう、ちゅうちょすべきものは何もない。最終の順位戦をすませた翌3月9日、私は連盟理事会に現役引退の届けを出した。

 有難きことかな。現在ただ今、王将戦立会い、名人戦解説、カルチャーセンターの講師、某会社での講演、原稿書きなど現役中ではこなしきれぬほどの仕事が詰まっている。それもこれも、連盟当局をはじめ、周囲のかたがたの温情によるものであることは、いうまでもない。ただただ感謝あるのみ。将棋界入りした幸せを身にしみて感じている次第である。

(以下略)

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引退前後の心の動きが率直に語られている。

五十嵐豊一九段は、A級在位8期。非常に温厚な人柄で、初心者向けの講座のわかりやすさには定評があった。

屋敷伸之九段の師匠でもある。

63歳での引退だった。

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「深更までの対局を終え、くたびれ果てて、明け方近くに家へたどり着いた私を迎えた妻が、酒の相手をしながら」

五十嵐九段の帰りを待っている健気な奥様の姿が目に浮かぶ。

「何とでもなるんだから、いつやめたっていいんですよ」

涙が出そうになるほどの優しい言葉だ。

 

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