森内俊之名人(当時)の「パネルクイズ アタック25」クイズ頂上決戦!

近代将棋2005年5月号、故・池崎和記さんの「関西つれづれ日記」より。

 3月某日

 大阪・朝日放送へ。クイズ番組の「パネルクイズ アタック25」に森内名人が出演するので応援にいったのだ。

 アタック25は30年の歴史を誇る長寿番組で、この日は1500回目の収録日(放送は3月20日)。記念すべき回ということで、「知性派タレント クイズ頂上決戦!」と銘打った特別編が企画され、漫画家のやくみつる、弁護士の丸山和也、女優の高田万由子に交じって、我が将棋界から森内名人が出ることになったのだ。

 森内さんはクイズ番組大好きで、10年前、自ら同番組に応募して出場したことがある。残念ながら、そのときはパネルを1枚しか獲得できなかったけれど、今回はどうだろう。

 収録前、廊下で偶然、森内さん(和服姿)を見かけたので声をかけたら、「どうしてここに?」と、ひどくビックリしていた。

 報道陣が大勢取材に来ていたが、僕が知った顔は1人もいない。どうやら将棋関係者は僕だけのようである。

 パネル獲得は丸山弁護士をのぞく3人の争いとなり、森内さんが見事優勝した。後半、やや危ない場面もあったけれど、終わってみれば森内さんの完勝だった。

 勢いに乗る森内さんは、パリ・ロワール・モンサンミッシェルの海外旅行券もゲットして有終の美を飾った。さすがである。

 翌日、僕はA級最終戦(全5局)を見に東京の将棋会館へ。森内さんが来ていたので「海外旅行はいつですか」と聞いたら、「それが行けないんです」と意外な返事。

 あいにく旅行日が、名人戦の対局日程と重なったようなのだ。

「じゃあ、だれかにプレゼントしたらどうです?」

「それが本人でないと使えないみたいで……」

 何とももったいない話だが、まさか名人戦をさぼって海外で遊ぶわけにはいかないから、旅行をあきらめるしかないですねェ。

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近代将棋掲載の写真

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Wikipediaで「アタック25」を調べると、パリ・ロワール・モンサンミッシェルは、10日間の旅。

たしかに、名人戦の期間中は無理な日程だ。

この年の名人戦で、森内俊之名人は羽生善治四冠を4勝3敗で破り、名人位を防衛している。

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Wikipediaによると、この時の森内名人のパネル獲得は18枚。

1995年、最初に「アタック25」に出場した時の獲得枚数は1枚だった。

「私、森内の妹です」

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「アタック25」が開始されたのは1975年4月。

それまでは大阪の朝日放送がTBS系、毎日放送がNET系(現在のテレビ朝日系)だったものが、腸捻転解消ということで、1975年4月から朝日放送がNET系、毎日放送がTBS系となったわけだが、そのタイミングで朝日放送で生まれたのが「アタック25」。

この腸捻転解消で個人的に困った問題が起きた。

「必殺仕掛人」、「必殺仕置人」、「助け人走る」、「暗闇仕留人」と、私は朝日放送制作の必殺シリーズが大好きでそれまで欠かさずに見ていたのだが、「必殺必中仕事屋稼業」の途中で腸捻転解消が行われ、私が住んでいた宮城県ではネット調整の関係から、何回分か「必殺必中仕事屋稼業」を見ることができなくなってしまったのだ。

放送日が土曜22:00から金曜22:00に変わったのも大きかった。

金曜日は、19:30「コント55号のなんでそうなるの」→20:00「太陽にほえろ」→21:00「金曜劇場(前略おふくろ様など)」→22:00「金曜10時!うわさのチャンネル」という日本テレビ系ゴールデンタイムを一気通貫で毎週欠かさず見ていたわけで、金曜22:00に「必殺シリーズ」と「うわさのチャンネル」どちらを選ぶべきかという難題にぶち当たったのだ。

当時は家庭用ビデオなど存在していなかった時代。

結果、「高校3年にもなったのだし、どちらも見ずに勉強すべし」という結論が出ても良さそうなところ、ユルい私は「うわさのチャンネル」を選んでしまった。

高校3年の時、結構勉強をしたような思い出があるのだが、こうやって具体的に検証すると、あまりそうでもなかったことが分かり、結構考え込んでしまう…

 

 

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