神谷広志六段(当時)の歯に衣着せぬスタジオジブリ作品評論

将棋世界1997年1月号、神谷広志六段(当時)の「待ったが許されるならば……」より。

 一昨年浜松に越して依頼、歯磨きと散歩がささやかな楽しみというきわめて退屈な毎日を送っている。

 当然ここに改めて書く程の面白い体験などとは無縁。どうすればいいのか困ってしまったがもう一つの趣味であるアニメを生かし、スタジオジブリの宮崎&高畑作品について私なりの批評というか感想をダラダラと書いてお茶をにごすことに決めた。アニメに興味のない方には読むだけ時間の無駄と思われるので即ページをめくることをおすすめする。

「風の谷のナウシカ」

 私をこの世界に誘ってくれた記念すべき作品。最初観た時は大変感動したものだが今の目で見るとなんだか全体的に力が入り過ぎている印象。それと主人公のナウシカばかりが強調されて他のキャラクターの存在感が弱い。強過ぎる女性は私苦手なんです。

「天空の城ラピュタ」

 私が最も好きな作品。これからの人生でどんな映画を観たとしてもこれ以上の評価をすることはあり得ないというくらいのものだ。ただしラストでシータとパズーがドーラ達と再会する場面だけはやや蛇足気味と思う。愛するシータがドラミちゃん(ドラえもんの妹)と同じ声優と知った時はかなりのショックだった。

「火垂るの墓」

 全体的に暗く、非常に味の悪い作品。

 ただし泣ける。せつこが死んでしまう場面はとにかく涙がボロボロこぼれて仕方がなかった。通夜や告別式に出てもほとんど泣いたことがない冷血な人間と自己評価していたので意外だった。

 二度と観たいとは思わないけれど。

「となりのトトロ」

”自然を大事にしよう”そう訴えたい気持ちはよくわかるのだがなんだかそればかりが全面に出ていささか鼻につく。

 そこをもう少しおさえてくれれば私も世間並みの評価をしたと思う。

 ただし猫バスのアイディアは抜群。

 誰もが一度はあれに乗ってみたいと思うことだろう。

「魔女の宅急便」

 ほめる所もけなす所もどこと言って浮かんでこない淡々とした作品。

 しかしどうしても気になるのは「宅急便」という言葉を使っていることや黒猫のジジが登場するなどヤマト運輸とのタイアップが全面に出ていること。

 まあこのくらいのことは世間ではよくあるのだろうがへそまがりのぼくにはどうも許せないと思ってしまう。

「おぼひでぽろぽろ」

 これも淡々とした作品だが「ラピュタ」を別格とすればその他では一番気に入っている。普段はたえこに甘い父が大学の演劇部に頼まれた出演を許さない場面を観るたび「うちの娘なら絶対に断らせたりしないのに」と思うのは単なる親馬鹿であろうか?

「紅の豚」

 なんだかアッという間に終わってしまう感じだが、これは元々30分ものを作る予定だったとのことなのである程度は仕方ない。ただ最後の決着のつけ方はどうにも納得いかない。ポルコもカーチスも飛行機乗りなのだからやはり決着は空中戦でつけるべきだろう。席上対局を見せるのに、千日手になってしまいジャンケンで勝負をつけるのを見て誰が喜ぶか。

「平成狸合戦ぽんぽこ」

 最悪。30分も観ないうちにカンベンしてくれと言いたくなった。映像自体は水準を保っているのにどうしてかと不思議だったがテレビで二度目を観ているうちにすぐ理由がわかった。とにかくナレーションがうるさいのだ。こうくどくど説明されては話自体がどんなに面白くとも白けてしまう。

「耳をすませば」

 私のような中年男には気恥ずかしくなってしまう内容だが若者に受けるのはよくわかる。雫と聖司が再会して結婚を誓う最後の数分間は大好きである。

 さて、今年の10月11日は「耳をすませば」がテレビに初登場した。あいにくその日は順位戦で郷田六段との対局があり朝予約録画をしてから出かけた(こういう余分なことを考えていたせいかあるいは実力か将棋は惨敗した)。次の日ドキドキしながらビデオを観ると無事映っているので一安心(よく録画を失敗するので)。ところが最後、一番好きな場面がいよいよこれからという所でいきなりビデオが終了してしまった。呆然としながらビデオを調べると標準を3倍に直すのを忘れている。昨年の夏に映画館で観て以来この日を待っていたのに何たる失敗。

 しかしここでハッと思い出す。念のために浜松にいる女房にも録画を頼んでおいたのだ。ところが女房も全く同じミスをしてやはり最後の場面がとれてないと聞かされ二度目の呆然。

 待った。待ったをします。あの日あの時に戻って3倍のボタンを押します。ただそれだけです。誰か誰か待ったをさせてくれ~。

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神谷広志八段らしいキャラクターが随所に現れている傑作エッセイ。

「席上対局を見せるのに、千日手になってしまいジャンケンで勝負をつけるのを見て誰が喜ぶか」などの表現は最高だ。

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私が観たことのあるスタジオジブリ作品は、「千と千尋の神隠し」と「コクリコ坂から」。

「千と千尋の神隠し」は人に誘われて、「コクリコ坂から」は主題歌の「さよならの夏」(1976年発売)という曲が好きだったから観に行った。

それぞれ、起承転結の結が希薄かなと思ったが、音楽を鑑賞するような気持ちで観るには非常に雰囲気のある作品だという感じがする。

神谷八段のこの2作品についての評論も聞いてみたいところ。

「さよならの夏」は今の季節にピッタリな曲。