将棋世界1995年10月号、泉正樹六段(当時)の「公式棋戦の動き」より。
全日本プロ(朝日)
全棋士の名が連なるこの棋戦。ごひいきの棋士を見つけるのに、けっこう時間を費やすのではないでしょうか。それでも1回勝てば少し見易くなる訳で、野獣の名前は発見できましたか……。アッ、イチコロだったっけ。
9図は横歩取りから、中原独自の”金銀分裂カニ囲い”。はっきり言って、この戦法何人もマネができず、なんで図のようにと金ができるのかは凡人にはとても理解できない。
ただし角香と金の二枚替えだから中田(宏)が形勢悪しとも思えない。中田は少々形勢を悲観していた。全然手になりそうもない所から、と金を作られたショックなのだろう、普段は楽観的な中田をしても自信がなくなってしまうらしい。
△3七とは防げないため、▲4五桂としたが、△同桂▲同歩△7六桂の痛打を浴び、はっきり形勢を損ねてしまった。
中原は感想戦で▲7五歩を指摘。△同飛は▲7六歩。飛車が逃げれば玉が安全になる。考えてみれば当然の事なのだが飛車を追うのは▲9二馬との先入観がデカイ。プロの盲点だ。
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「なんで図のようにと金ができるのかは凡人にはとても理解できない」と泉正樹六段(当時)が書いているが、そのと金がどうやってできたかが、同じ号で日浦市郎六段(当時)によって書かれている。
将棋世界1995年10月号、日浦市郎六段の「今月の目 関東」より。
第14回全日本プロ将棋トーナメント、中田宏樹六段-中原誠永世十段戦から。
後手の中原永世十段が横歩取らせ中原流に出て、1図は▲8二角と中田六段に打ち込まれたところ。
この局面から、控え室では「中原先生、どうするんだろう」という感じでモニターテレビを見ておりました。後手からは手をつくりにくそうに見えますが…。
1図以下の指し手
△4六歩▲同歩△4八歩▲同銀△2六歩(2図)この形のスペシャリスト、中原永世十段はさすがにうまく手をつくります。
まず△4六歩と突き捨て、▲同歩に△4八歩が狙いの一手。▲同金には△5九角!!と強襲される筋があるので中田六段は▲同銀ですが、中原永世十段はイロイロな面をカラメて攻めてきます。
2図以下の指し手
▲9一角成△2四飛▲2五歩△同飛▲3七桂△2四飛▲7四歩△2七歩成(3図)2図から▲2六同飛は△4四角▲2八飛△8八角成▲同金△7九銀という攻めがあって先手不利。
本譜、中田六段は香を拾って△2四飛と回られた手に対し▲2五歩~▲3七桂と手筋の受けを見せましたが、中原永世十段に△2四飛と引かれてみると▲2五歩と押さえられません(▲2五歩には△同桂▲2六飛△3七桂不成▲2四飛△4九桂成で後手優勢)。
中田六段は▲7四歩と桂取りに歩を打って勝負。中原永世十段の△2七歩成(3図)は「ハテナ」という手に見えましたが…。
3図以下の指し手
▲2五歩△7四飛▲2七飛△2六歩▲2九飛△2七角(4図)3図から▲2五歩△7四飛▲2七飛と進み、と金を払われて後手の攻めが失敗したかに見えますが、ここで△2六歩と再び打ち返すのが狙いの一手。▲同飛は先ほどと同じく△4四角の筋があるので飛車を引く一手ですが、△2七角と打った手が厳しい。この手は△4九角成▲同飛△5八金という強襲を狙っています。
4図以下の指し手
▲4七銀△4九角成▲同飛△2七歩成(9図)強襲を防いで中田六段は▲4七銀ですが、それでも角を切られました。と金を作った局面は後手優勢です。
1図以下の手は「職人芸だね」という声が上がったほど。プロが見てもホレボレする順で、スペシャリストのすごさを実感した一局です。
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1図から後手が手を作れるなんて信じられないことだが、それを無理攻めではなく自然な手順で実現させてしまうところが中原誠十六世名人の真骨頂。
名人の「職人芸」というと何か不思議な言葉の組み合わせのような感じがするが、要は「名人芸」ということになるのだろう。