「将棋指しは、なにがあろうと、勝ってさえいれば仕合わせな人種である。負けては、女性にもてても、金をもうけても、子供が生まれても、名声を得ても、おもしろくない」

将棋マガジン1991年2月号、河口俊彦六段(当時)の「対局日誌」より。

 A級順位戦の、谷川-真部戦はとっておきの一局。

(中略)

 ▲6一飛と打って金取り。誰もが△5二銀と受けると思った。

21図からの指し手
▲4六馬△4一飛成▲4三桂(22図)

 この局面はいろいろなところで紹介した。いくらいい手でも、何回も書いているうちに感激がうすれてくるものだが、△4六馬はちがう。ますますよく見えてくる。

 そもそも金を王手で取らせる、の着想が浮かばない。竜王戦第5局の最後も同じだったが、感覚が余人と全然違うのである。これこそ、谷川でなければ指せない手であった。先崎の言いぐさじゃないが、並の棋士より大駒一枚強い。

 △4六馬は次に△3七銀と打ち込みを狙って一手すき。それだけの詰み筋だから受けがありそうだが、▲3七銀は△2四歩があって受けたことにならない。

 よって、金を取らせても△4三桂で、谷川が勝ちなのである。

 真部も竜王戦のときの羽生も、本筋の指し方をつづけた。真正面から戦ったから谷川に斬られたとも言える。終了は午前0時9分前。真部の残り時間は1分だった。全力を出し尽くしたから悔いはない、ということはなかろう。負けは負けである。感想戦を終えて立ち上がろうとしたとき、真部はよろめいた。苦笑しながら「このごろ酒が弱くなった。すぐ酔っ払ってしまう」と呟いたが、私には返す言葉がない。

 将棋指しは、なにがあろうと、勝ってさえいれば仕合わせな人種である。負けては、女性にもてても、金をもうけても、子供が生まれても、名声を得ても、おもしろくない。真部にすれば、今は人生でいちばんつらい時であろう。

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21図。後手の持ち駒に銀が3枚もあるのだから、△5二銀と打っておいて、それから…と考えそうなものだが、ここから△4六馬。

金を王手で取らせるのも驚きだが、馬1枚だけで先手が寄ってしまうのももっと驚きだ。

最短距離で勝ちに行く谷川将棋の真髄と言って良いだろう。

河口俊彦六段(当時)が「何回も書いているうちに感激がうすれてくるものだが、△4六馬はちがう。ますますよく見えてくる」と書いているが、まさしくそう感じてくる。

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真部一男八段(当時)がA級順位戦で0勝6敗の時の一戦。

「将棋指しは、なにがあろうと、勝ってさえいれば仕合わせな人種である。負けては、女性にもてても、金をもうけても、子供が生まれても、名声を得ても、おもしろくない」

は、かなりな名言だと思う。

 

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