藤井猛竜王(当時)「振りペー」「丸ペー」

将棋世界1999年11月号、勝又清和五段(当時)の第12期竜王戦挑戦者決定戦三番勝負〔丸山忠久八段-鈴木大介五段〕第3局観戦記「鈴木大介、七番勝負に躍り出る!!」より。

 鈴木元気流が暴れ回れるか、丸山激辛流が押さえ込めるかという三番勝負。

 まず1局目は相穴熊になり、中盤で動きがとれず千日手に。指し直し局は鈴木が「やってみたかった」スピード石田流を採用する。中盤桂得で丸山良しだったが、鈴木ががぶりと食らいついて逆転しA図の▲1三金が決め手、△3一玉は▲7二角で寄りなので△1三同玉としたが▲1二金で投了となった。

鈴木丸山1

 以下△1四玉▲1五歩△2五玉▲2六銀△2四玉▲1三角で詰みとなる。

 2局目はまたも相穴熊で、丸山の名局が誕生した。

鈴木丸山2

 B図から▲4三歩△同角▲3六金!△4六歩▲同金上△2二歩▲1二馬△4五歩▲3五金直!

 この二枚の金は、元は7九と6八にいた穴熊の金で、この押さえ込みの迫力は、まさに丸山の本領発揮である。終盤では一瞬裸となった丸山玉を、四枚穴熊に再構築、激辛流の名?に恥じぬ終局だった。

 そして運命の日を迎えた。

第12期竜王戦挑戦者決定戦第3局
平成11年9月6日 於・東京将棋会館
▲五段 鈴木大介
△八段 丸山忠久
(持ち時間5時間)
▲7六歩△3四歩▲1六歩△1四歩▲6六歩△8四歩▲7八飛

(中略)

 注目の戦型、最近では珍しい三間飛車対左美濃になった。なぜ?

 ちょうど藤井竜王がいたので聞いてみる。まずは序盤の▲1六歩に反応した。

「これはどっちでも(先手でも後手でも)ゴキゲンにするつもりだったね」

 局後、鈴木に聞いてみると「先手でも後手でも中飛車の予定で、▲1六歩に△8四歩なら▲5六歩△8五歩▲5八飛と指すつもりでした。△1四歩と受けられたので三間飛車にしたのです」。

 振り飛車党にも流派があり、ざっと分類すれば、藤井システム系が久保・杉本・窪田で、システムは指さず普通の振り飛車が小林健・小倉・中田功、そして四間飛車はあまり指さずゴキゲン中飛車や早石田のような力戦系が有森・近藤・(田村)である。

 鈴木はというと四間飛車穴熊が主力戦法、次が力戦系と両方指しこなすが、藤井システムだけは実は指さない。

 ▲1六歩で穴熊は消えた、システムは指さない、ならば中飛車だろうと看破したわけで、さすがは藤井竜王。

鈴木丸山3

1図以下の指し手
▲5七銀△7三桂▲5九角△8六歩▲同歩△同角▲8八飛△8五歩▲7七桂△3一角▲8七歩△6四歩▲同歩△同角▲6八飛△6三銀▲6五桂△同桂▲同飛(2図)

 1図で▲4四角は△8六歩なので▲5七銀だが、そこで丸山は8筋・6筋と動く。だが鈴木は相手の手に乗り手順に▲6五桂と跳ね出し、桂交換に成功する。左桂がさばけたのは大きく「これは振りペー(振り飛車のペース)だね」と竜王。

 ところがここから鈴木の指し手が狂う。

鈴木丸山4

(中略)

鈴木丸山5

3図以下の指し手
△3四玉▲5五歩△7五角▲4八角△2五歩▲1八桂(4図)

 △3四玉!この玉上がりが鈴木も、そして藤井も「見たことがない」とうなった新手筋の受け。一見不安定そうな玉に見えるが、2三と4三に逃げ道があるので意外と安全なのだ。この手を見て「丸ペーだね」と竜王が断言した。

 そして△2五歩が急所の歩突き、▲同歩は△2六歩で桂を取られてダメ。▲4七金と勝負しても強く△4八角成▲同金上△2六歩とされてとても勝ち目はなく、これはすぐに終わるだろうなどと言っていた。

 ▲1八桂!これこそが鈴木が根性を見せ、勝因となった辛抱である。

 ひどい利かされではあるが、この場合は次に▲2五歩~▲2六桂~▲3五桂となると、逆に押し返せるのだ。

 局後丸山が真っ先に悔やんだのは△2五歩だった。代わりに△5五歩から押さえ込むべきだったと。たしかにそれなら丸山の思い通りの展開となっただろう。

 とはいえ△2五歩そのものは悪い手ではない。

 問題は桂を打たせたことを後悔した丸山の心理状態だった。

鈴木丸山6

4図以下の指し手
△5六銀▲6三歩△同飛▲6四歩△同飛▲同飛△5七銀不成▲同角△6四角▲2五歩△4三玉▲6一飛△6二金打▲7一飛成△6一歩(5図)

 夕食休憩後指した△5六銀!これには「決めに出たか」という声が上がったが、内実はあせりが生んだ疑問手だった。

 ここは△2五歩と同様に、打った桂を狙う△1五歩が正解だった。

 以下▲2五歩にはじっと△同桂がうまい手で、▲2六歩なら△1七桂成▲同玉△1六歩▲2八玉△1七歩成▲同桂△1六歩、▲2六桂なら△3三玉と引いておけばはっきり後手良しだったのである。

 △5六銀に▲6二飛成は、△5七銀不成▲同角△同角成で竜取りが残ってまずいが、▲6三歩成から連打し飛車の位置を変えてから取ったのがうまい手順で、鈴木はピンチをしのぐ。気分は前向き手つきも元気だ。

 一方丸山は、もう粘りの姿勢になっていた。それが△4三玉から△6二金打、そして△6一歩という手順に表れている。

 控え室にいた竜王に四冠王に先崎に中川と豪華な検討陣にとって、この手順の評判は悪かった。△4三玉では△6七飛、△6二金打では△6二歩ではないかと。

 優勢から微差に、そして丸山が最も嫌う展開になっていることでは意見が一致した。

鈴木丸山7

(中略)

 鈴木の手が弾む。やり損なった桂、辛抱の桂がぴょんぴょん跳ね出し、さらには▲2四桂で三枚桂が並ぶという珍しい局面が出現した。

 ただ▲2四桂では▲3三歩成△同銀▲2三桂成がまさっていたようだ。

鈴木丸山8

6図以下の指し手
△3一歩▲1二歩△2三歩▲3二桂成△同歩▲1一歩成△3六桂▲2七玉△4八桂成▲同金△6五銀(7図)

 この桂の狙いは銀取りではなく▲1二歩成からの上部開拓にある。従って△2三歩では△5一玉▲1一歩成△4七銀と食いつき△2七歩と叩く手を残すべきだったし、また△1二同香▲同桂成△9九角成の順もあった。

 あれほどの勢いを誇った丸山に元気がない。3日前に王座戦で戦ったばかりの羽生も「丸山君変ですね」と首を傾げていた。

 本譜は△3六桂で王手角取りがかかったが、これは鈴木の読み筋通り。手順に▲2七玉と逃げたのが大きく寄らない玉になった。

(中略)

鈴木丸山9

 金や桂が異常な配置をしているので、普通の読みが通用しない。さらに両者とも個性を出した指し手を続けるから、予想も全く当たらない。とはいえおもしろい将棋に控え室も沸く。「最善手を探しても意味がない」と控え室で声があがったが、そのことを皆喜んでいた。やはり人間が争うからおもしろいのだ。

(中略)

 谷川・森内そして丸山とA級棋士を連破してついに鈴木がタイトル戦に。

 プロ棋界はずっと居飛車党が主流だった。だが今や王位戦で相振り飛車がでたように、振り飛車の勢いが増している。

 そこに「居飛車を指すことはありません」と局後のインタビューで言い切った鈴木の登場である。

 藤井が挑戦者に名乗りを上げたときは、「この七番勝負では居飛車も振り飛車も大きく変わる」と書いたが、その通り戦法の意識は大きく変わった。

 今回振り飛車党同士のタイトル戦となった意味は大きく、将棋界も新たな時代に入ったのかもしれない。

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将棋の内容も控え室の様子も面白い。

藤井猛竜王(当時)の「振りペー」「丸ペー」、羽生善治四冠(当時)の「丸山君変ですね」など、注目すべき発言が多い。

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「◯◯ペース」を略した「◯ペー」。

  • 苗字がそのまま入るケースとしては、羽生三冠ペースの「羽生ペー」、久保利明九段の「久保ペー」など。
  • 丸山九段の「丸ペー」と同様、苗字の表記漢字1文字目が入るケースとしては、行方尚史八段の「ナメペー」、深浦康市九段の「深ペー」など。
  • 姓名の漢字の任意の1文字が入るケースとしては、渡辺明竜王の「ナベペー」、佐藤天彦名人ペースの「アマペー」など。
  • 苗字の読み頭2文字が入るケースとしては、屋敷伸之九段の「ヤシペー」、木村一基八段の「キムペー」など。
  • 変形パターンとしては、佐藤康光九段の「モテペー」、、三浦弘行九段ペースの「みうペー」など。

といった具合になるのだろう。

「◯ペー」という言葉は汎用的に使えそうだが、突然言うと、意味がわからなくてビックリされる恐れがあるので、注意が必要だと思う。

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この竜王戦挑戦者決定戦第3局ではないが、第2局の時の控え室の写真が将棋世界の同じ号に掲載されている。

佐藤康光名人(当時)と藤井竜王が継ぎ盤をはさんで、羽生四冠が眺めているというショット。奥に故・山田史生さんも写っている。

非常に貴重な一枚。

竜王戦