森内俊之八段(当時)「駒を裏返す時間を倹約している」

将棋世界2001年7月号、東公平さんの第19回全日本プロ将棋トーナメント〔谷川浩司九段-森内俊之八段〕決勝五番勝負第5局観戦記「火と燃えた熱海決戦」より。

「将棋は筋書きのないドラマだ」と改めて痛感した五番勝負だった。森内2勝の後の第3局は、大逆転で谷川に勝ちが転がり込み、第4局も谷川が勝って、フルセットの第5局にもつれ込んだ。

(中略)

7図以下の指し手
△8二桂▲4四角成△8八銀不成▲同馬引△7八飛不成▲同馬△5五角▲8八銀△7九銀▲7七銀打△8八銀不成▲同銀△7九銀▲7七銀打(8図)

 △8二桂で森内は残り3分。▲4四角成の粘りに、1分使って△8八銀不成。次の△7八飛不成にもちゃんと意味がある。「駒を裏返す時間を倹約している」と森内は言う。1秒でも2秒でも、森内にとっては無駄な時間なのだ。

 この例に限らず、彼は非常に正直で律儀な人柄であり、かつ繊細な神経を持っている。あえて言わせていただくが、この長所が災いして、親友でライバルの羽生五冠(彼は図太い勝負師だ!)に実績で差をつけられているのだと思う。今の実力に図太さが加わったなら、やがて森内は将棋界のトップに立つだろう。

 2枚飛車に2枚馬で対抗した谷川だったが、次第に差を広げられた。残りをしっかり2分余していた森内は、的確に寄せの網を絞って行った。▲8八銀に△7九銀から、再度の△7九銀を見ていた私は、千日手になるのかと思ったが、森内の慎重な時間稼ぎに過ぎない。

8図以下の指し手
△6八金▲6九馬△同金▲5八飛△6七角▲5五飛△8八銀不成▲同銀△8九角成▲同玉△7七桂(投了図)  
 まで、144手で森内八段の勝ち

 二人の闘志は地中のマグマのように静かに燃えていたが、△6八金が決め手で、熱い戦いはようやく終わった。「詰みが見えて、やっと勝てたと思いました」と森内は言った。投了図以下の詰みはやさしく、最終手は△8三玉になる。

 森内が2度目の優勝を果たし、「最後の全日本プロ」は終了した。優勝賞金は1,740万円だが、19回のうち優勝7回を誇る「全日本プロの谷川」を相手に、ツキのなさをも克服したこの熱戦シリーズで森内の得た自信は、金銭には代え難い貴重な財産になるだろう。

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全日本プロ将棋トーナメントは、この翌期から「朝日オープン将棋選手権」と改称される。(朝日杯将棋オープン戦の前身)。

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森内俊之八段(当時)が2連勝後の2連敗を経て迎えた最終局の最終盤、持ち時間残り3分。

駒を裏返す時間の倹約、同一手順をもう一度繰り返す間の読みの確認、という非常に慎重な指し方で、勝利を確実なものとした。

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この翌年、森内八段は丸山忠久名人(当時)を破り、初の名人位を獲得する。

東公平さんの「今の実力に図太さが加わったなら、やがて森内は将棋界のトップに立つだろう」という予言は、見事に当たっている。