芹沢博文八段(当時)「あれは、おれをフヌケにしたような男だ」

将棋マガジン1984年3月号、高橋呉郎さんの第6期女流王将戦挑戦者決定リーグ〔谷川治恵女流二段-山田久美女流初段〕観戦記「感想戦は✕✕先生の将棋教室」より。

 床の間を背にして谷川治恵二段。白い大きなエリのコバルト色のツーピースを着た姿は、高校の英語教師といった感じがする。ただし、この人には、ツンとすましたインテリ女性のいやらしさは、ひとかけらもない。のんびり育った良家の子女の面影が残っている。

 山田久美初段のほうは、第一感、小泉今日子に似ていると思った。本誌のグラビアに、相手をにらんだときの写真が載っていたが、さすがにあれば、とっておきの顔らしい。いまは、ずっと柔和な表情をしている。

 クレイのスカートに白のブラウスという地味な服装が、若さゆえに、かえって新鮮に映る。

(中略)

 対局開始後、ほどなく森安多恵子二段が来室して、とたんににぎやかになった。さっそく、谷川二段の洋服に目をとめて、

「あれ、また買ったの。よう似合っとるよ」

「ボーナスはたいちゃった」

「へえー、うらやましい。うちら、特売品ばかり漁ってるいうのに……」

 こういう会話は、やはり男性棋士の対局では出てこない。

 そこへ、別室で対局中の芹沢博文八段がふらりと現れた。なにぶんサービス精神満点の人である。たぶん観戦記用のサービスだろう。山田初段へのインタビュー役を買って出てくれた。

「いくつ?」

「16歳です」

 谷川二段が「ジュリーが好きなんですって」というと、芹沢八段は「へえー」とおどろいた。これは、私も少々、意外だった。沢田研二のトロンとした目つきは、年増向きではないかな、とも思う。

「あんな、コンニャクみたいな男のどこがいいのかね」

「カッコいいから」

「じゃあ、郷ひろみなんかはどう?」

 山田初段が首をかしげると、

「うちの娘が、郷ひろみを好きだっていうから、いってやったの。あれは、おれをフヌケにしたような男だ、って。この意味わかる?おれの名前は”ひろふみ”だから、”ひろみ”なら、”ふ抜け”になる」

 こういう人は、脳ミソの配置が、ふつうの人とはちがっているのかもしれない。山田初段は、この偉大なる先輩のジョークに、笑うより前に唖然としていた。

 局面は矢倉将棋の序盤が進行している。芹沢八段から一言あった。

「本に書いてあるとおりやってるな。それでいい、最初は、みんな人マネからはじめるんだから」

(以下略)

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この対局は、高橋呉郎さんにとっての初めての女流棋戦観戦。

高橋呉郎さんへの芹沢博文八段(当時)らしい気配り。

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山田久美女流四段は現在でも沢田研二さんの大ファンだと思う。

芹沢八段が「あんな、コンニャクみたいな男」と言ったのは、『憎みきれないろくでなし』『ダーリング』『カサブランカ・ダンディ』などの曲の振り付けを見て、コンニャクの動きを連想してしまったのだと思う。

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沢田研二さんは、確かに昔から格好いい。

白髪になって太っても、やはり格好いい。

最近のことを調べてみると、昨年から今年の1月にかけてのデビュー50周年ライブツアーでは、沢田研二さんは丸刈りでの登場だったという。

これは、それまでに出演していた舞台で僧侶を演じた関係で、まだ髪が伸びていなかったということらしい。

50周年記念ライブで、シャウトする沢田研二(スポニチ)

丸刈りになるとさすがに見た目のイメージは変わるが、これはこれで非常に格好いい姿だと思う。

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「ひろふみ」をフヌケにすると「ひろみ」。

なかなか凄い発見だ。

狸が宝くじを買っても絶対に当たらない(「たからくじ」の「たぬき」なので「からくじ」になる)よりも点数が高い。

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「本誌のグラビアに、相手をにらんだときの写真が載っていたが、さすがにあれば、とっておきの顔らしい」と書かれている”とっておきの顔”とは、将棋マガジン1984年1月号掲載の対局中の写真。撮影は中野英伴さん。