泉正樹七段(当時)「天才エルちゃん現わる」

近代将棋2003年3月号、泉正樹七段(当時)の「野獣猛進流 囲いの攻略法(14)」より。

 とんとん拍子にことが運んでしまった。

 我が家に子犬がやってきたのです。

 以前から「飼いたいネ」とうちのママと同意していたので、小犬のホームページをよく観察していた。

 意見が違うのは犬種選びで、こちらは今人気のコーギーか、安くて無難な柴犬。あちらは「絶対ワイア・フォックスがいいの、テリアの中でも一番可愛いんだもん」と強固な意志を少しも曲げない。

 これには少々わけありで、アガサクリスティの映画「もの言わぬ証人」で、名探偵ポワロの推理を助ける役柄のテリアがワイアで、画面上走り回って犯人をつきとめ、色々な仕草でポワロに接する姿がメチャメチャに可愛いらしい。

 妻の要望とは裏腹にページの中では他の犬種がドッサリ顔を並べ、生まれたてでかわいいワイアはまったく見つけずじまいだった。

 猛進君は、ミニチュアダックスやパピヨンにも心が動く始末で可愛ければ何でもいい。

 しばらく犬の話題から遠ざかっていたある日、ページを開いてみると、なんと妻の思いを叶える赤ちゃんワンコが「ワフッ❤」てな顔をしていたのだ。”どうするアイフル”のコマーシャルじゃないが、子犬の魅力に心を奪われてしまったお父さんの気持ちがよ~~く解る。確かにかわいい、ガオーッ。

 簡単に意見はまとまり、「思い立ったが吉日」を即座に敢行で予約OK。

 3日後には、とりあえず見に行く予定が予想以上にカワイイのでそのままゲット。こうして電光石火の早技で愛犬を手に入れてしまったのです。

 子犬の名前は女の子なので”エルちゃん” テリア系はイギリス原産らしいので、音楽のスーパースター・エルトンジョンにちなんでつけました。

 懸命な読者の皆様方ならすでにお気づきと思いますが、先月号から野獣とツーショットの子がそうです。

 講座流でいえば、この写真は「天才エルちゃん生後2ヵ月の図」で、「愛犬にぞっこんの野獣!将棋の勉強手つか図」ともいえる訳です。

 数ヶ月前から犬の育て方の本などを読んで勉強していたものの、やっぱりいざいっしょに暮らすとなると大変手間のかかることが解りました。

 朝6時になると”エル時計”が「エウ~エウ~」と泣き出し一日の始まり。

 決して「ワンワン」とか「キャンキャン」とは泣かないのが天才たるゆえんで、吠えるより自分の名前を呼んだ方がお話を聞いてくれると簡単にわかっちゃったのです。

 共働きなので、奥様の出勤後のエルちゃんのお相手は棋士の務め。

 まだ外の散歩はムリなので遊び場は家のリビング。動きがとても俊敏で遊び好き。放っておくと12畳のスペースを10周ぐらい平気でかけずり回る。野獣の早さの比ではないので、うまく声をかけないと、とてもつかまえられない猛スピードだ。

 無類のいたずら好きなのもワイアの特徴のようで、カジカジできるものは全てかじる。最初の頃はスリッパやズボンのすそにかじりつくので野獣さえも少々閉口した。

 このままでは何でもかじる悪い子になってしまうので、ビターアップル作戦を実行。やっぱにがいものは嫌いらしくすぐに分別がつくようになった。

 長時間留守番させられたときなどは、猛然とダッシュしてくるからドアの開閉に注意が必要。当然その後ジャンプして、一人だったさみしさを小さなカラダ全体で表しペロペロチュー状態。

 この仕草が無茶苦茶かわいいので、夕飯の支度そっちのけで「そうかそうか一人でちゃんとお留守番できたのだ。エライな~~いい子だったな~~」とベタぼめするのですが、なにやら室内がプーンとにおう、セッティングしたトイレ以外の所でやらかしてしまっているのですネ。

 一人にさせられたいやがらせではないようで、ママが言うには「小さい子だからトイレまで間に合わないの。ネ~エルちゃん。まだ赤ちゃんだからガマンできないのよねー」といってかばう。なるほど、ケージに入れているときはトイレが横にあるので百発百中!そそうなんかしやしない。

 そういえば猛進君も幼少の頃、外で遊んでいてもようしたので家に急いだが、トイレの数メートルの手前であえなくアウトなんてことけっこうあったっけ。

 ありこうなワンコに育てるコツは、失敗をむやみにしからず良いことを積極的にほめてあげることらしく、なんだか子供を育てるのとおんなじみたいだ。

 飼い始めて2週間後、エルちゃんの勇気が試される時がきた。病院に予防接種のワクチン注射。

 検査台に初めて乗るエルちゃんは看護師さんの手にもたれかかりプルプル状態。何かされるのを敏感に感じているんです。ン~ンかしこい!

 獣医師は「本来5種類のワクチンで十分ですが、安全を考えればプラス3種類も打っておいた方がより安全です」

 奥様は一つ一つ説明を聞いていたが、私には種類のことなどサッパリ解らない。それより注射の本数が自分のことのように気にかかり「先生、8本も注射したら、痛くて気が狂っちゃうんじゃないでしょうか?……」とたずねた。

 先生と看護師さんは笑いながら、「大丈夫ですパパさん、一度に全部打てるんです」だって。ママは当然はずかしそうにしていたが、エルはなんとなく、よかったという顔をしていました。

 ただ、いざ打つときは「え~ん」だか「み~ん」だか情けない声でこちらを見て、「エル死んじゃうの?」的な瞳をうるうるさせていた。

 その日におフロの許可ももらったのでさっそく入れることに。とはいってもシャワーで体を洗うだけですけど。

 エルちゃんは最初は訳わからずジタバタしていたが、シャワーのお湯が心地いいらしく喜んで浴び始めた。

 洗い方はシャンプー、リンス、トリートメントの3段構えで、しかもお値段がちと高い。野獣などはリンスさえもしたことがないから少しうらやましい。

 英国のブルジョワの娘さんでもあずかっている気分になってくるが、わが娘なのは間違いない事実だ。

 すごくいい子なのは、こちらの食事中は欲しがったる抱っこをせがんだりしないこと。一人でボールで遊んだりテレビを見ている。お酒を飲んでいるのもなんとなく解るようで、ほろ酔いの野獣チュー攻撃は首をフリフリする。

 これを知ってうちの奥様は「良かった!!お酒キライみたいで。好きだったらアタシがいないときに飲ませかねないもんネ。ガルガル娘にならないでよかった」なんてホッとしている。

 驚くべきことにエルちゃんには、生後3ヵ月にして特技がある。歯を自力で磨くことで、夕食後二人の電動歯ブラシを使う音が妙に気になるらしく、ふつうの歯ブラシを与えたところ、ひざの上にいい子に座り、なんと両方の手で持ってガジガジしているではありませんか!前も横も奥も裏もすみずみまでていねいにキッチリと。これで虫歯や歯周病の心配はなくなりました。

 エルちゃんは天才なので、ひょっとすると挟み将棋ぐらいはできちゃうんじゃないかと野獣は考えています。

 普通のワンちゃんなら駒を与えるとカジカジして食べちゃいますけど、エルなら歩を動かしてと金を駒台に乗せるぐらい簡単に覚えてしまいそうだ。

 猛進君の頭の中もかなり思い込みが激しくなってきましたので「エルちゃんお散歩初体験の巻」は来月号にてお伝えします。エウ~~エウ~~

(以下略)

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一昨日のニコ生、叡王戦六段予選に泉正樹八段が初登場。

わかりやすくて個性的で面白い解説が好評で、終了後のアンケートでは「とても良かった」が92.9%と非常に高い満足度だった。

解説の中ではエルちゃんの話もたくさん出て、視聴者プレゼントは、エルちゃんの写真が貼られた泉八段の色紙だった。

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そのエルちゃんが泉家に来た時の話。

最初からエルちゃんにメロメロになっている泉七段(当時)の様子が微笑ましい。

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「懸命な読者の皆様方ならすでにお気づきと思いますが、先月号から野獣とツーショットの子がそうです」の、この講座の写真