升田幸三実力制第四代名人「将棋は我慢くらべ」

将棋世界1994年2月号、内藤國雄九段の連載エッセイ「我慢の心」より。

 ここはパパの部屋だよ、と言った息子に「きみんちのパパはお部屋があるなんて子供みたいだね」と友達が言った。そういう小話が新聞に載っている。近頃は子供に部屋があって父親にはないというのが通常になっているらしい。

「家の中で男の一番気の休まるところはトイレ」。アンケートをとると、こういう結果が出たと何かで読んだ記憶もある。

 これではかつての軍隊ではないか。

 テレビではセールスマンが語っていた。

「家を売るポイントは台所を立派に作ること。とにかく女の人に気に入ってもらえるかどうかが勝負です」

 自分のことで恐縮だが、私は新居を作るにあたって、見晴らしのいい一番の部屋を自分の書斎にした。音楽を聞きながら詰将棋を作ったり、ものを読んだり書いたりして大半をそこで過ごす。もし自分の部屋がなければ居間で寝ころんでテレビを観て時間かくれば眠るだけーという生活になるだろう。棋士だからそれで生計維持には別状ないとしても、それでは一家の柱としての威厳がなさすぎる。

 男はまず自分の部屋を確保すべきで、子供の部屋はそれからでよい。亭主関白ではない、「主人」として当然のことである。子供と自分を第一に考える母親(男にとっては妻)のなすがままになってはいけない。職業の種類にもよるだろうが、それはてきめんに仕事にもよくない影響を与える。また子供も、物事の軽重をわきまえない、ろくでなしが育つような気がする。

 母親といえば、昔は玩具造の前などで泣き叫ぶ子供(幼児)を引きずるようにして母親が連れ去る光景をよくみかけたものだが、この頃はまるでそういうことがなくなった。

 その理由が新聞をみていて分かった。ある調査によると現代の子供は玩具を、なんと平均412個も持っているという。どんどん買ってくれるので今の子はだだをこねる必要はなくなったのである。それにしても、その数の多さには驚かされる。おそらく世界中でもだんとつのトップであろう。同時にこれは「甘やかし度」を示すものと考えられる。つまり日本の子供は世界一甘やかされているということになる。

 どんどん玩具を与えると、想像したり工夫したりする能力が育たない。あまり玩具のなかった昔は、将棋の駒からいろんな遊びを考え出したものだ。それで兼価で手頃な将棋の駒はほとんどの家庭にあった。いまは数多い玩具のなかに将棋の道具が入っていない家庭が多い。嘆かわしいことだと思っていると今度は新聞で次のような小話をみつけて、少しはほっとした。

 母親が子供に「買うの反対語はなーに?」と聞くと「我慢」という答えが返ってきた。正解の「売る」よりこの答えの方がはるかに味があって面白い。買ってほしいのをじっとこらえる子供の心が伝わってくる。小さいうちに我慢することを覚えるのはいいことだ。それを身につけないで大きくなると、困るのは自分自身である。

 勝負ごとにおいても我慢は非常に大切なことで、近頃私がよく好局を落とすようになったのも我慢する力の衰えのせいである。年のこともあるようだが、残念でしょうがない。

 あるテレビで、「将棋とはどういうものですか」と聞かれた升田さんは、しばらく考えて、「我慢くらべですね」と答えた。他の人ではなく升田さんの言葉であるところに重みがある。

 我慢という言葉の意味はしかし多様である。そのときの状況に応じて変化する。

 腹を立てない、音を上げない、あせらない、あきらめない……。

 とくに「一か八かやってやれ」「えい、しゃらくさい」などと思いだしたらおしまいである。これは決断力とか直感力とかいいほうに解釈されがちなだけに用心しなければならない。実際はカモフラージュされた短気にほかならず、後でてきめんに咎めを受けることになる。

 かつてかなり鳴らしたテニスの選手と飲んだことがあるが、そのときの話が面白かった。

「あきずに何度でも同じ所へただ機械みたいに打ち返してくるやつがいる。こいつテニスしか考えることのない馬鹿じゃなかろうかと腹が立ってきてね」。自分も”御同役”のはずなのに、と笑いたいのを抑えて聞いていると「まあ、自分も馬鹿になってつきあってやれと、いうなればあきらめの心境ですね。先にクソッとしびれを切らしたほうが負け」。

 あきらめの心境というのも我慢の一種としてつけ加えなければならないようだ。

 人間の心は不思議なもので、あきらめてしまうとそれまでだが、あきらめたつもりなら頑張りがきくのである。

 優勝したゴルフ選手の感想に「我慢のゴルフに徹したのがよかった」という言葉が出てくる。ゴルフでいう我慢とはどういうことを指すのか。ちょっとこれまでとはニュアンスが違うような気がする。将棋やテニスのように互いに妨害しあうゲームと違うからだが、この点についてはゴルフ下手があれこれ推察するより、ゴルフ上手の読者の読みにお任せしたほうがよさそうだ。

 ゴルフで不思議に思うのは、これをやり始めてやめる人がいないということだ。将棋は大抵の人がやめていく。私と同年輩の人は、かつて殆どの人が将棋を覚えた筈である。それがいまは例外といっていいほどやっている人はすくない。それはやはり勝負の厳しさに関係があるのだろうか。

 たとえばゴルフでは、上手がクラブを5本6本おろすということはない、数字によるハンデがつきそれで力のバランスがとれる。将棋のハンデは駒落ちだがこれが流行らない。力に大差があっても駒を落とされるのは屈辱的ととる人もいる。

 とくに初対面では(一方がブロとかの場合は別として)駒落ちは相手に失礼という意識が強いので避ける。

 またゴルフでは、スコアは悪くてもロングパットが決まったとか、プロ並みのバンカーショットが出たとか、部分的に思い出して楽しむことができる。将棋は勝ち負けが全て。いいのを逆転負けすればますます悔しさが増す。優勢になった局面だけを思い出して楽しむということが出来ないゲームである。

「段」を贈られた人のその後を聞くと、「負けるとみっともないので」と逆に指さなくなる人が多い。連盟としては、これからますます将棋を楽しんで下さいという思いで出しているのにこれでは段位がかえってマイナスになる。

 それを憂えて大山十五世名人が生前面白い提案をされた。「歩の使い方初段とか大駒の使い方三段という出し方はどうかね。これなら勝ち負けにそれほどこだわらなくてすむ。免状も売りやすいしね」。いかにも大山さんらしい柔軟な考え方で、あるいは妙案かもしれない。

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「一か八かやってやれ」「えい、しゃらくさい」と思って攻めて、それで勝つ快感は将棋ならではのもの。

しかし、このような攻め方はアマチュアの高段者以上に対しては通用しない。

アマチュアは、強い四段と強くない四段の間に大きな河があると言われている。

この辺が境目、強いアマ四段同士以上の戦いになると、お互いの手を殺し合う我慢くらべの戦いに様相が変わってくるのだと思う。

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言われてみると、私は将棋であまり我慢をしていないような気がする。我慢を心がければもう少し将棋が強くなれるのだろうか。

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私が書いた「広島の親分」の故・高木達夫さん。

高木さんは広島の的屋の親分(村上組二代目組長→中国高木会初代会長)だった方で、名前が飯干晃一著『仁義なき戦い』にも出てくるほどの大物だった。戦前は木見金治郎九段のアマチュア枠の門下だった。

抗争の当事者であったのは1950年代初頭まで(映画でいえば『仁義なき戦い 広島死闘篇』)で、その後は抗争には関わっていない。基本的に的屋は物を仕入れて売る商売なので、抗争があって街中が不穏な雰囲気になると売上が落ちるし、そもそも抗争に加わって組員が戦闘態勢になると売上はゼロになり持ち出しばかりという状態になってしまう。

高木さんが「ワシは平和主義者じゃけん」と何度か言っていたのも、そのような背景があったからだ。

高木さんが引退後は、会館建設、アマチュア棋戦などで将棋界に大きな貢献があり、日本将棋連盟から七段を贈呈されている。

高木さんは「将棋が、わしを救ってくれた」と言っていた。

高木さんがいた世界は、引くことをしない人があまりにも多く、それで亡くなっていった人が多い。

高木さんは、守るべきところでは守る、引く技、我慢する技を将棋で身につけたという。先を読む必要性も将棋から。

将棋によって我慢すること、引くことを身につけ、肩の力を抜くこともできるようになったという。やはり高木さんがいた世界の人は、稼業的に肩の力を抜くことをしない。

至近距離でなければピストルは命中しないが、ピストルで狙われたときに肩に力が入っていると撃たれてしまう。こちらが肩に力を入れないと相手に一瞬怯みが出る。その瞬間にピストルを取り上げて捨ててしまう。

昭和30年代までは、高木さんも狙われることがあった。自らの命を守るため、ビジネスのため、どちらも将棋が救ってくれたという。

将棋によって我慢する心を身につけることは、非常に大事なことかもしれない。

 

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