将棋世界1986年8月号、「第44期名人戦七番勝負終わる 中原名人に聞く」より。聞き手は毎日新聞の加古明光記者。
加古 名人防衛どうもおめでとうございます。
中原 どうもありがとうございます。
加古 塩釜とか、いろいろな所からお祝いがきましたか。
中原 ええ、祝電が届きました。
加古 この間、松島センチュリー(第6局の会場)に挨拶してきたんですけどもね。がっかりしてましたよ。(笑)ざっくばらんにききますけど、3-1になったでしょう、まぁここ(第5局)はいいや、なんて気持ちはなかったですか。
中原 それはさすがにないですよ(笑)。
加古 余裕というような。
中原 余裕はないですね。たとえば3連勝して、4局目を一方的に負けるようなことがあるんですけれど、それは余裕なんかじゃなくて気の緩みというかね、そういうことがあるんで、余裕ということはちょっとね。
加古 では七番勝負の事ですが、その前のプレーオフで挑戦者が大山さんになった時に、中原さんは2年間大山さんとの対局がなかったので改めて棋譜を研究し直す、とおっしゃったけれど、実際にはどうだったんですか。
中原 やっぱり並べてみましてね、特に順位戦の棋譜ですけれど、調子もいいし、内容も非常にいいと感じました。ですから、ちょっと大変だなと思いました。大山先生が挑戦者に決まってからなお一層にね。
加古 でも相性、というようなことからいえば失礼な言い方かもしれないけれど中原先生にとってはやりやすい相手というような。
中原 まぁ今までの対戦成績からいえばそうなんですが、対振り飛車の将棋をあまり指していないんですよ最近は。Aクラスでは(振り飛車党は)大山先生と森安さんぐらいで、森安さんとも最近はやっていませんから経験不足というか、以前は大分やっていますから、まったく不安という程じゃなかったですけれどもね。多少はひっかかったですね。
加古 僕らマスコミにとっては今回の名人戦は焦点が中原さんには悪いんだけれど、63歳の挑戦者へ向いちゃったでしょう。そういう感じはどうでした。
中原 そうですね。多少ね(笑)、特に第1局の時は感じました。
加古 テレビなんかもきたりしてね。
中原 最初リードされていたら、もっと強く感じたかもしれませんね。前半でこちらが連勝しましたから、その点では助かりました。
(中略)
加古 ところで、これで名人在位は大山さんに続き11期ということなんですが、中原さんにとって「名人」とは、ちょっと答えにくい質問だと思うけれども、どうですか。
中原 自分のことですから、うーん、まぁ、名人戦ということに関して言えば、一番権威のある棋戦だと思うし、一番の舞台だと思います。力を十分に発揮できれば、と思ってます。
加古 名人位の方ですけれど……、なろうと思ってもなれない人の方が断然多いわけですよ。
中原 名人になってから(1972年)2、3年は名人を意識しましたけれど、だんだんなくなってきましたし、むしろ加藤さんに取られた時に意識しましたね。
加古 中原さんの中で「名人」というモノが占める割合というんですか、比重というのはどれぐらいのものですか。よく、名人になれたら死んでもいい、ぐらいのことを言う人がいますけれども。
中原 そうですね、相当占めていると言えば言えますし、ただ普段はあまり意識しませんから。初めて名人を取ってからの1~2年は何となくカタくなっていましたよ。棋聖(初タイトル)の時も感じましたが、名人の場合はそれ以上にね。
加古 普段意識しないというのは、まさに自然流ですね。
中原 3年間名人でなかった時の方が名人位の重みというんですか、それを感じましたね。
加古 今回の相手が大山さんということで、大山将棋、また大山さんの記録についてどうですか。
中原 記録に関して言えば、近づけば近づくほど、大変だなと痛感しますし、大記録だな、とつくづく思いますね。名人の18期ひとつを取ってみてもね。優勝回数しかりですけれども。
加古 話がちょっとはずれますけれども、名人を守るのと、順位戦で挑戦者になるのとでは、どちらが大変ですか。
中原 どっちですかねぇ。
加古 強いて言えば―。
中原 難しいですね。ただ、A級順位戦の場合ですと、ポツンポツンとやりますから、その辺がどうも、1ヵ月に1局で間に他棋戦が入ってきますし、もちろん相手も全部違うし、調子の持っていき方が難しいですね。なんとも言えないですよ。名人戦はA級で優勝した実力がありしかも調子に乗っている人が挑戦者としてくるわけですから。
加古 名人に関して目標は15期とか大山さんの18期とか、アドバルーンを上げていただくと。
中原 そんなに意識してないですけど、18に少しでも近づきたいというのが今の気持ちです。まだ先が遠いですから、もう3、4回防衛できればその時に、というところですか。なかなか大変ですよ。
(以下略)
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中原誠十六世名人は、この後4期名人に在位し、通算15期となっている。
歴代の名人在位記録(5期以上)は次の通り。
大山康晴十五世名人 18
中原誠十六世名人 15
羽生善治九段 9
森内俊之九段 8
木村義雄十四世名人 8
谷川浩司九段 5
18期や15期が、いかに大変なことかが分かる。
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「3年間名人でなかった時の方が名人位の重みというんですか、それを感じましたね」
無くなってみて、今まで持っていたものの大事さ、貴重さを実感するということは、名人位に限らず、世の中には多い。
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「名人を守るのと、順位戦で挑戦者になるのとでは、どちらが大変ですか」
他のタイトルでも同じ設問が成り立つだろう。
これは永遠のテーマと言えるほど難しい問題。
中原十六世名人の回答が、まさしく実感なのだと思う。