郷田真隆二段(当時)奨励会時代最後の香落ち上手局

将棋世界1988年3月号、駒野茂さんの「関東奨励会レポート」より。

将棋世界同じ号掲載の写真。

 香落ち。駒落ち将棋の中で、一番難解であり、複雑なもの。奨励会はこの難問を完破して、上に昇って行かなければならない。

 今月は、この香落ち戦を採り上げてみる。

 香落ち下手を持った場合、戦型としては急戦策と穴熊にする指し方がある。他にも相振り飛車にするのもあるが、現状では先の二大戦型だ。上手は、△3五歩と歩を伸ばした三間飛車。あるいは△1四歩と端を突いての四間飛車。これが主流だ。

 郷田二段-岡崎初段戦で、岡崎が引き角から1筋突破を目論んだのに対し、郷田は軽く受け流そうと△2五歩(1図)と突いた所。

 香落ちで一番難しいと言われているのは、下手が仕掛けた直後だ。

 実戦では▲1四歩。岡崎はこう打てば△1二歩と受けてくれるものと思っていた。ところが郷田に△4四角と上がられて、1筋の飛、香が重いことに気付く。 

 この▲1四歩では、▲7七銀と上がるのが最善手。両者も局後この意見。攻めの途中で受けるのは、何となくおかしいようだが、こう指すと上手の指し方が、非常に難しい。たとえば、端(△9四歩)あるいは△4四角なら、▲7七銀の方が得をしている手と言えるからだ。それに、譜が進んで△6四桂と先手で打たれる手も防いでいる。

 こうした、相手の手を殺しながら、細かく指し進めて行くのが、香落ち将棋の難しさなのである。

 2図。

2図以下の指し手
△4三馬▲7六歩△同香▲7七歩△8六桂▲6八玉△7七香成▲同角△7六桂▲7九玉△4八と上▲4一飛△6一金(3図)

 ▲6二銀成として、岡崎は勝ったと思ったらしい。その気分を吹っ飛ばした、郷田の次の手が素晴らしかった。

 △4三馬! これが下手からの▲7二銀成△同玉▲4二飛△6二金▲8二金△6一玉▲4四飛成として、上手玉が詰めろになる順を消しながら、逆に、△8七馬以下の詰みを見せた絶妙手であった。

 岡崎は▲7六歩と突いて、必死に粘ろうとするが、郷田の打った△6一金がまたシブイ受け。これで絶対詰まない形にして、下手玉をじわじわと寄せて行く。こう指されては、岡崎に術はなかった。

 この一番を制した郷田は、次の愛二段戦にも勝ち、三段昇段を決めた。三段リーグに入ると、もう香落ち戦はない。この対岡崎戦が、郷田新三段にとって、最後の香落ち戦になったのである。

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郷田真隆三段(当時)の、振り飛車らしい指し回しが印象的な一局。

居飛車党の奨励会員でも、香落ち上手では振り飛車を指さなければならず、そのような部分は本当に苦労をしたはずだ。

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雑誌企画やイベントでのお好み対局で香落ちが指されることはまずないと思うので、郷田九段にとっては、この対局以来、香落ち上手は指していない可能性が高い。