「大盤解説の会場をのぞくと、いつもの七分くらいしかお客さんがいない」

将棋世界1989年7月号、青島たつひこ(鈴木宏彦)さんの「駒ゴマスクランブル」より。

 ゴールデンウイークが終わって久しぶりに将棋連盟に来てみると、いろいろ情勢が変化している。

 5月10日、名人戦で谷川名人が3連勝。これはさすがに知っていたが、5月11日には「今度こそ羽生が挑戦だろう」と思っていた棋聖戦で、羽生が淡路八段に負かされてしまったではないか。(淡路八段、ごめんなさい)

 地下の週刊将棋編集部に行っても、3階の本誌編集部に行っても、将棋マガジン編集部に行っても、どこでも編集者がブーブー言っている。名人戦が3-0で盛り上がらないうえに、期待していた羽生のタイトル戦登場までなくなっては、新聞や雑誌の売上にも当然響いてくるというわけだ。

 週刊将棋で聞くと羽生-淡路戦は羽生の逆転負けという。長手数美学の淡路八段が最後は光速の寄せで決めてしまったという。

「淡路流の腰の重さに羽生君がつんのめったんだろう」と、某八段。それにしても最近の羽生はいいところで負けてくれる。大相撲の旭富士みたいだな、とちょっと心配になる。

(中略)

 名人戦第4局の日。この日の将棋会館では大山-二上戦(竜王戦)、塚田-真部戦(竜王戦)、田中寅-達戦(王位リーグ)などが行われていた。

 夕方連盟へ行く。大盤解説の会場をのぞくと、いつもの七分くらいしかお客さんがいない。米長ファンは「四タテは見たくない」、谷川ファンは「まだ一、二番負けたって」という心境になるのだろう。

 評判はどうも谷川名人の方がいい。米長九段は攻め合いをあきらめ、入玉に望みをたくして粘っているが、苦しむために粘っているような感じである。

 4階の記者室ではそれでも田中寅彦八段やら神谷六段、大野五段ら7、8人の棋士が研究していたのだが、米長九段の敗勢が明らかになるにつれ、一人去り二人去り、ついに最後は田中寅彦八段しかいなくなってしまった。

 一人残った田中は何やらつぶやきながら将棋盤に駒を打ちつけている。そして大きな声で「みんな疲れているんですよ」

 この日、田中は夕食休憩の前に早々と達に負けていた。田中にとっては挑戦権にからむ大切な将棋。達にとっては完全な消化試合だったにもかかわらず、である。

 羽生が負け、米長が負け、田中が負けて……。今の将棋界、誰も勝ってないんじゃないかという気がしてくる。いや、一人勝っている棋士がいた。関西の南二冠王。

 二冠を確保したあとも、棋聖戦、竜王戦、王座戦と南の足取りは順調だ。本当に強い者は黙って静かに勝つ?

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状況はかなり異なるが、藤井聡太七段に早くタイトル戦に登場してほしいという、現在の多くの人の期待と重なる部分がある。

時代は繰り返す。

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この少し後、羽生善治五段(当時)は竜王戦の挑戦を決め、更には竜王位を獲得することになる。

「それにしても最近の羽生はいいところで負けてくれる。大相撲の旭富士みたいだな、とちょっと心配になる」のような感想が出てくる頃が、機が熟した状態、タイトルを取る前兆なのかもしれない。