「羽生君が坊主になったよ」

将棋世界1989年8月号、青島たつひこ(鈴木宏彦)さんの「駒ゴマスクランブル」より。

「羽生君が坊主になったよ」「一体どうしちゃったんだろう」「失恋でもしたんじゃないの」

 そんな噂を6月の初めから聞いていたのだが、肝心の羽生になかなか会えないでいた。カメラを片手に執念深く待ち続けること2週間、ようやくにしてその羽生に会えたのがこの日(6月18日)。

 午後3時。B級2組順位戦の行われているこの日の将棋連盟に、その青年は現れた。

「おおっ、羽生君、その頭一体どうしたの?」

 あちこちから声が掛かるが、羽生の返事は「何でもありません」の一点張り。だが、羽生がいくら「何でもない」と言い張っても、既にネタは上がっているのである。

「5月の末に囲碁棋士の小松さん(英樹六段)と、先崎とか、羽生君とか若手の将棋指しが一緒に飲んだんですよ。飲んでいるうちに小松さんが『もうすぐ石田章九段と対戦するけど、絶対に勝つ。もし負けたら坊主になる』といいだした。先崎なんか調子者だから、すぐ『よし、俺も次の対局に負けたら坊主になる』と乗り出して、結局羽生君も『次負けたら坊主』の約束をさせられちゃったんだよね。そしたら羽生君、次の早指し新鋭戦の決勝で森内君に負けちゃった。羽生君は冗談で済ませたかったのかもしれないけど、小松さんが石田さんに負けてほんとに坊主にしちゃったから、羽生君も受けがなくなったんだ」

 将棋連盟囲碁部幹事、大野八一雄五段の証言。

 坊主といっても、写真でご覧のように羽生の頭は「半坊主」くらいのものだが、実は、この「半坊主カット」が最近将棋連盟ではなぜか横行しているのである。話をしてくれた当の大野五段だってそうだし、中村修七段、森内四段も最近半坊主カットにしたばかり。その理由?当然失恋のためではないでしょう。

(以下略)

将棋世界同じ号(1989年8月号)掲載の写真。

将棋世界1989年10月号グラビア、大宮そごう将棋まつりでの羽生善治五段と屋敷伸之四段の席上対局。

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「そしたら羽生君、次の早指し新鋭戦の決勝で森内君に負けちゃった」

それが、昨日の記事の対局。

対局日が1989年5月27日だったので、敗れてから1週間以内に髪を切ったのだと考えられる。

羽生善治五段(当時)にとってみれば、空から降ってきた隕石が頭に当たるような災難だったと言えるだろう。

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「この半坊主カットが最近将棋連盟ではなぜか横行しているのである」

昨日の記事の写真の森内俊之四段(当時)は、たしかに半坊主だった。

関係ない話だが、例えば左側が普通の髪型で右側が完璧な坊主頭だった場合も半坊主と呼ぶのだろうか。

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今日の1枚目の写真(6月18日と思われる)と2枚目の写真の「大宮そごう将棋まつり」(8月6日)では、あまり髪型が変わっていない。

夏の間は美容院へ行っても半坊主状態を続けていたに違いない。

すぐに元の髪型に戻すのではなく、半坊主を続けるところが、勝負師らしい意地っ張りの部分だ。

羽生九段は、翌年の夏(1990年)も同じ髪型をしている。

羽生善治竜王(当時)・菊池桃子さん対談

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羽生五段の半坊主は、雰囲気やコンセプトはだいぶ異なるが、映画『ブラック・レイン』で松田優作さんが演じたヤクザ「佐藤」の髪型にやや似ている。

『ブラック・レイン』の日本での公開日が1989年10月7日なので、松田優作さんの髪型よりも羽生五段の半坊主のほうが4ヵ月ほど早かったことになる。

 

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