将棋世界1990年1月号、読売新聞の小田尚英さんの第2期竜王戦七番勝負〔羽生善治六段-島朗竜王〕第4局「好局に酔いしれた」より。
時と人を得たという感じで盛り上がる七番勝負。熱戦続きの余韻に浸っているうちに、もう第4局になった。
大方のファンの予想を裏切って?ここまでは島が持将棋をはさむ連勝。「僕の人生でこれほどの大勝負はそれほど来ないかもしれない」という島の心のスタンスが、いい形で盤上に表現されている、と思った。今期の島にはちょっと近寄り難い感じのムードがある。悲壮感というのではない。勝負を心から堪能しているような。
ここにきて、羽生にとっては勝たなければならない一番を迎えた。
北海道は、数日前の雪が残っていた。旭川空港から対局場の「朝陽亭」までは1時間半。途中休憩でバスを降りた羽生、雪と戯れて「サラサラしてて、さすがに違いますねえ」笑顔が印象的だった。しかし、島が棋士としてのアイデンティティを証明するかのような戦いぶりを見せているのに対し、羽生はまだペースをつかんでいない。前夜、インタビューに誘導されるように「勝って流れを変えたい」と言った時の表情にはかすかないらだちさえ感じられた。
対局時以外の二人の「身の処し方』(島流の表現)には過去3局でパターンができた。第4局でも継承される。まず食事。夕食は関係者一同でとることが多いのだが、両者とも明るく振る舞う。朝食、昼食は島は自室で、羽生は皆と一緒が多い。夜。羽生は囲碁などで時間をつぶす。島は控え室にちょっと顔を出した後早めに部屋にこもる。対局終了後は仲良くモノポリーなどに興じる。
ちなみにモノポリーの用具はNHKの放送機材と共に対局会場を回っている。
島は集中力を保とう、羽生はタイトル戦のムードを知って早くなじもうとしているようだ。二人とも対局時とそれ以外での切り替えが見事で、しかも早い。
初日。氷点下5度くらいまで冷え込んだが快晴だった。島はユニフォームともいえるダブルのスーツ、羽生は和服。両者とも毎回衣装を変えている。羽生の和服姿も板についてきたみたい。
局面は相矢倉の定型に進んだ。4局全部が矢倉戦だが、戦型は服装の様に毎回違う。二人の盤上のコミュニケーションは円滑のようだ。控え室の注目を集めたのは羽生の時間の使い方。あまり時間を使わずに飛ばしている。過去3局は、島にあわせるように、ある時は将棋を戯れるように序盤から時間を費やしていたが、本局は明らかにマイペース。「流れを変えますよ」という羽生の意思表示と受け止めた。
封じ手前、島の表情が異様に厳しい。島の考慮中、控え室でくつろいでいた羽生の様子と対照的だ。結果的に見ると本局のクライマックスはこのあたりだったようだ。
2日目。開始早々から島が長考に沈む。意表の勝負手△6四金。森九段、勝浦九段、河口六段に五十嵐九段が研究陣だが、この手は予想に出なかった。しかし羽生は予期していたか、比較的短い時間で過激な順を選ぶ。勝負師・羽生の真骨頂をかいま見た気がした。負けると崖っぷちの状況でこの度胸。
第4局の前、「結果はだめならだめでいいけど力一杯戦いたい」と語っていたが、言葉通り実行するところがすごい。
午後。控え室での形勢は揺れている。「19にして老いたか」、「これで竜王を失うのか」。冗談まじりのキツイ言葉も飛び交う。皆、戦いを心から楽しんでいるのだ。NHKの放送用の解説に20人ほどが集まる。町から遠い会場だけに、解説会は予定していなかったのだが、熱心なファンはいるものだと妙にうれしかった。
終了は午後6時54分。「具体的にはそんなに悪い手は指していないつもりなのですが」と島。敗因不明の熱戦。羽生は「1勝できて非常にホッとしました」。実感がこもっていた。
この1勝で、羽生は七番勝負でのペースをつかんだはずだ。
もちろん、流れが変わるかは、結果論でしか語れない。充実の島に加えて、ややぎこちなかった羽生が乗ってくれば、これまで以上の好局が生まれるという期待で胸が弾む。
最後の十段戦、第1期竜王戦と、星の上では偏った結果が続いていただけに、少なくとも第6局まで行くことが確定した今期は、担当者としても「ホッとしました」。かくなる上は一局でも多く見てみたい、酔いしれていたい、両方に勝って欲しいと、一人のファンとして願っている。
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史上最も多くタイトル戦に登場することとなる羽生善治九段も、最初のタイトル戦では、ペースをつかむのがなかなか難しかったようだ。
羽生九段の「1勝できて非常にホッとしました」のような(羽生九段と最も縁遠いような)コメントは、この時が最初で最後ではないかと思う。
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上の2枚の写真を見ても、羽生六段(当時)がホッとしたような、本当に嬉しそうな顔をしている。
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「大方のファンの予想を裏切って?ここまでは島が持将棋をはさむ連勝」
将棋世界では「七番勝負予想投票」が行われていて、読者からの投票結果は、
- 島竜王勝ち 512票
- 羽生六段勝ち 1,058票
- 無効 38票
だった。
最終的には、羽生六段が4勝3敗1持将棋で竜王位を獲得することになる。
羽生六段から見て、●持●◯◯◯●◯
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「ちなみにモノポリーの用具はNHKの放送機材と共に対局会場を回っている」
下の写真は近代将棋に掲載された写真。
この第4局終了後の打ち上げが終わった後の娯楽室。
羽生六段の向かい側には島竜王(当時)が座って一緒にモノポリーを楽しんでいる。