将棋世界1991年5月号、沼春雄五段(当時)の第16期棋王戦五番勝負第4局〔羽生善治前竜王-南芳一棋王〕観戦記「一流の証明」より。
南芳一棋王に羽生善治前竜王が挑戦した第16期棋王戦五番勝負は、公開対局となった第1局に逆転勝ちを収めた羽生が連勝し、南をカド番に追い込んだ。
羽生も竜王戦での敗退は相当な痛手だったと思われるが、すぐに立ち直って次のターゲットをこの棋王戦にしぼり、五番勝負に姿を現すあたり、さすが並の新鋭ではない。
ただ新潟での第3局ではカド番を意識したのだろう、途中からの指し手が伸びなかった。
(中略)
第4局は3月18日に行われた。
この間、南は米長に3連勝して王将位復位を決めるなど、冬に強い地蔵流の本領を発揮し始めていた。
第4局羽生負けで2勝2敗となっては南に追い上げの利が残る。
羽生にとっては背水の陣であった。
本局は対局場所が東京将棋会館という事もあって、控え室は中原名人、米長九段、高橋九段、塚田八段ら多数の棋士達が詰めかけていた。
(中略)
5図以下の指し手
▲7二飛△3二歩▲4四角(6図)5図で平凡な▲7二飛△3二歩▲7六飛成は△5五角▲7七歩△2八角成で先手駒損の上△3八飛などが残って先手がいけない。
といって後手からは△5五角や△6七銀など厳しい手が多い。
控え室でも、勝負は最終局か、という雰囲気になってきたが、そんな時、中原名人が”角を出る手がある”と言った。
えっ、と皆が色めき立つ。この角が使えては完全に逆転だ。
そして変化を調べている時にモニターテレビに▲4四角が映し出され”ヤッター”と騒然となった。
6図は前の▲5四歩の効果で次に▲3一銀△同玉▲4二金△同銀▲同飛成△同玉▲5三歩成とする詰めろとなっているし、△4四同銀は▲3四桂△同金▲3一銀でこれも詰む。
そして後手からの△5五角も消え、適当な手がない。
絶妙の▲4四角。
まさにミラクルの名にふさわしい終盤術であった。
(中略)
南にとって痛恨の失着というべきなのだろうが、おそらく南は6図の▲4四角がよほどショックだったのだろう。
そして南も羽生の終盤力を信用したため、ここではあきらめが先に立ち、勝ち筋を読む気力がわかなかったのだ。
しかし南ほどの者の信用を得られるとは。
まさに羽生にとって一流の証明といえるだろう。
ともあれ不調といわれた平成2年度だったが、冬に強い南を相手の棋王獲得は立派の一言である。
来期の羽生の成長と活躍が楽しみである。
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6図の▲4四角が、あまりにも鮮やかだ。
このような手が出ると、ドラマのクライマックスを迎えたような雰囲気になる。
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羽生善治前竜王(当時)は、3ヵ月3週間で無冠を返上。
この日以来、2018年12月までの27年9ヵ月間、羽生九段はタイトルを絶え間なく保持し続けることになる。
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羽生七冠誕生へのスパートは、この翌々期、1992年度から始まる。
1992年度獲得…王座、竜王
1993年度獲得…棋聖、王位、(竜王失冠)
1994年度獲得…名人、(竜王復位)
1995年度獲得…王将