屋敷伸之六段(当時)「マンセルを好きなわけは、なんといっても危ない魅力にあります」

近代将棋1992年5月号、屋敷伸之六段(当時)の連載講座「寄せるが勝ち」より。

近代将棋1990年12月号より、撮影は石川梵さん。

 車の免許をとってから、旅行することが多くなってきた。去年の11月に福島へ行ったのを皮切りに、いろいろなところへ乗り回している。

 どこからつながっているのか、はたから見ればわからないようなところに行っている。

 去年の竜王戦のときも冬の富山に無謀にも車で行ってしまった。雪が降ったときのためにチェーンを積んでいったが、つけ方をはっきりと憶えていないため、たぶんつけられなかったと思う。後輩もつれていったので彼等2人につけるよう命じたのだが、当然つけられるはずはない。

 そんな楽観的な3人で富山へ向かったところ、みんな日頃の行いが良かったのか?なんとか雪が降らずに無事にたどりついた。

 富山にはその前に何度か連れていってもらったこともあったので、その時にかなりの方にお世話になっていた。そんな方々を訪ねて、竜王戦の時もいろいろとお世話になった。1週間いたのだが仕事半分遊び半分というところだった。とにかく富山はもちろんだがおおむね地方へ行くと食べ物がうまく、空気もうまいので、たいがいその土地にずっと住もうかなと思い、はまってしまう。

 ぼくが師とあおぐ方や、某少年が暴れた話や、ある酒豪の方の飲みっぷりなど、おもしろい話はたくさんありますが、またの機会にしたいと思います。

 今回の第1例は振り飛車対穴熊より。

(以下略)

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近代将棋1992年7月号、屋敷伸之六段(当時)の連載講座「寄せるが勝ち」より。

 自動車レースの最高峰と言われるF1を見始めてから、早や3年になります。F1のレーサーにも、もちろんいろいろなタイプがいます。その中で僕が好きなドライバーは今のところマンセルです。マンセルを好きなわけは、なんといっても危ない魅力にあります。

 いつだったか忘れましたが、黒旗を上げられて失格になりながらも走って、他人をしっかりとまきぞえにしたころからずっとファンになっています。本当はとんでもない奴です。

 そんなマンセルも昨年は私たちをハラハラさせ、あともう少しでチャンピオンかというところまでいきました。しかし、最後の最後でポカを続けて、ガッカリさせてくれました。まあ、それがマンちゃんのマンちゃんたるゆえんなのですが…。

 ところが、今年は何が起こったのか、マンちゃんは飛ばしに飛ばし、開幕4連勝という恐ろしい勝ちっぷりをしています。このままでは雨が降るどころではなく、そのうち事故が起きるのではないかと心配しています。

 マンちゃん、たまにはゆるめて下さい。

 さて、今月はどのようにして手をつけていくのが良いかを考えていきたいと思います。

(以下略)

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屋敷伸之六段(当時)の「寄せるが勝ち」は終盤の講座で、このような随筆風の出だしの回が多かった。

屋敷流の不思議な雰囲気を持った面白さが印象的な文章だ。

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「富山はもちろんだがおおむね地方へ行くと食べ物がうまく、空気もうまいので、たいがいその土地にずっと住もうかなと思い、はまってしまう」

ここまで思ってもらえるのなら、訪ねてこられた地方の方々も大感激だろう。

屋敷伸之九段が、フジテレビ系『くいしん坊!万才』に出演すれば、必ずや名リポーターになれると思う。

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「ぼくが師とあおぐ方や、某少年が暴れた話や、ある酒豪の方の飲みっぷりなど、おもしろい話はたくさんありますが、またの機会にしたいと思います」

期待して、連載が終了する号まで見たのだが、この話題は出てこなかった。

次々と書きたいことが出てくるのが自然なわけで、やはり、「またの機会」というのは難しいものだと思う。

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「僕が好きなドライバーは今のところマンセルです。マンセルを好きなわけは、なんといっても危ない魅力にあります」

ナイジェル・マンセルは、アラン・プロスト、ネルソン・ピケ、アイルトン・セナとともに「四強」と呼ばれていた。

マンセルは、日本では「マンちゃん」「荒法師」「暴れん坊将軍」の愛称で呼ばれていたようだ。

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「黒旗を上げられて失格になりながらも走って、他人をしっかりとまきぞえにしたころからずっとファンになっています。本当はとんでもない奴です」

Wikipediaでは、

ポルトガルグランプリではピットレーンでの後進がレギュレーション違反とされ失格と判定されたが、黒旗提示後も走行を続け、トップ走行中のセナと接触。5万ドルの罰金と1レース出場停止処分を受け、セナのタイトル争いを妨害したと批判された。

と書かれている。

「本当はとんでもない奴です」と書いている屋敷六段(当時)が面白い。

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ところで、羽生善治九段も、この頃、F1をよく見ていた。

将棋マガジン1991年7月号、羽生善治棋王(当時)の「羽生善治の懸賞次の一手」より。

 昨年からF1のレースをテレビで見るようになりました。レース自体は単調といえば単調なのですが、面白くて、最後まで見てしまいます。

 もの凄い高速で走っていて、駆け引きするところが興味深いですね。

 たまに、夕刊に結果が出ていて、それを先に見てしまうと、レースが本当につまりません。

 テレビの放送は大体深夜なので、対局の前の晩は、ちょっと困ってしまいます。

 やはり生のレースを見てみたいと思いますが、チケットを手に入れるのが難しいようです。

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羽生棋王が誰のファンだったかは書いていないが、1993年に行われた対談で、羽生三冠はアイルトン・セナについて語っている。

羽生善治名人「体力は森内君にかないませんよ」

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屋敷六段と羽生三冠、普通の会社なら、仕事が終わった後、二人で飲みながらF1について熱く語り合うということもあるわけだが、棋士同士なので、そのようなことはなかったに違いない。