将棋世界1993年5月号、村山聖七段(当時)の「昇級者(B級2組→B級1組)喜びの声」より。
昇級、昇段
どうしよう、僕は迷っていた。
それは3戦目の順位戦、勝浦先生との対局だった。
4日前から体の調子がおかしく、ずっと安静にしていたのだが余り回復しない。どうしよう、行って勝てばまだしもだが、負けて体を壊しては元も子もない。
散々迷ったのだが、結局行く事にした。その時は何もかもどうでもいい気持ちだった。
今となっては笑い話だが、その朝は本当に不戦敗にするかどうか悩んだ。
回復しなければ不戦敗にすると決めていたのだが、朝になるとやっぱり迷っていた。
この対局に勝つ事に何の意味がある。そう言い聞かせても無駄だった。
それから何局か順位戦を指し、気が付けば7勝1敗だった。
しかしその時は今年は無理かなと思っていた。
森内さんの強さは嫌という程、去年味わされたので、失礼だが森下さんの連敗に望みを懸けていた。
それが9局目の児玉戦に辛勝して下に降りると森下勝ちと某記者、帰ろうかと思ったのだが、同じ日にB1の順位戦があり、面白いのでしばらく残っていると電話が鳴り誰も取らないので僕が取ると、東先生が、佐伯-森内戦、佐伯勝ち、村山-児玉戦は?と聞かれたので、勝ちました、と答えた。それから何を話したか憶えていない。
今期の順位戦は長かった様な気がします。勿論、一年は変わらないものなのですが、色々な事があった気がします。
まだ昇級したという実感はありません。何故昇級出来たのかも解りません。
でも総ての人のおかげで僕は生きている気がします。
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「どうしよう、行って勝てばまだしもだが、負けて体を壊しては元も子もない」
日常的にこのような心配をしなければならなかったのだから、本当に大変だったと思う。
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「この対局に勝つ事に何の意味がある。そう言い聞かせても無駄だった」
自分に自分が何かを言い聞かせる場合、うまくいかないことが多い。
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「それから何局か順位戦を指し、気が付けば7勝1敗だった」
8戦目までの戦績は、
森下卓七段(5位)8勝0敗、森内俊之六段(20位)8勝0敗、村山聖六段(19位)7勝1敗。
「森内さんの強さは嫌という程、去年味わされたので、失礼だが森下さんの連敗に望みを懸けていた」というのは、この時点のこと。
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9戦目。
「それが9局目の児玉戦に辛勝して下に降りると森下勝ちと某記者、帰ろうかと思ったのだが」
これで、最終戦を待たずに森下卓七段(当時)の昇級が決定。
「電話が鳴り誰も取らないので僕が取ると、東先生が、佐伯-森内戦、佐伯勝ち、村山-児玉戦は?と聞かれたので、勝ちました、と答えた。それから何を話したか憶えていない」
森内俊之六段(当時)が、それまでその期の順位戦で全敗だった佐伯昌優八段(当時)に敗れ、村山六段の自力となった。
9戦目が終わって、◎森下卓七段(5位)9勝0敗、村山聖六段(19位)8勝1敗、森内俊之六段(20位)8勝1敗。
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最終戦が終わって、◎森下卓七段(5位)9勝1敗、◎村山聖六段(19位)9勝1敗、森内俊之六段(20位)9勝1敗。森内六段が頭ハネを食った形だ。
村山六段と森内六段は、前期、そろって10勝0敗でC級1組からB級2組に昇級。
C級1組での順位差で、B級2組では村山六段が19位、森内六段が20位となっていた。
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「でも総ての人のおかげで僕は生きている気がします」
村山聖九段の昇級の言葉は、毎回印象的なものばかりだ。