羽生善治五冠(当時)「しかし、家に私が帰る時は何事もなく平静そのものでした」

将棋マガジン1993年11月号、羽生善治五冠(当時)の「今月のハブの眼」より。

将棋マガジン1993年9月号より、撮影は弦巻勝さん。

 今年の夏は夏らしい日々が来ずに終わってしまいそうです。

 こんな冷夏は私が生まれて記憶のある中では初めてです。

 そして、こんなに災害が短い期間に続いたのも珍しいのではないでしょうか。

 北海道南西沖地震、九州、特に鹿児島を襲った台風、最近では関東地方にもやってきました。

 私はその時は他の場所へ行っていたので、どんな感じかは解らなかったのですが、テレビ、新聞の報道を見るとかなり大変だったようです。しかし、家に私が帰る時は何事もなく平静そのものでした。

(中略)

 さて、今月は6局の公式戦、2日制の将棋もあり、夏休みで各地で催し物あり、なので、とても忙しい1ヵ月でした。しかし、これも毎年のことなので慣れてしまいましたが。

 今月の1局目は8月11日に行われた全日本プロトーナメント、泉正樹六段との一局から。

 全日本プロトーナメントは若手が活躍する度合いの高い棋戦で、前回、深浦四段が優勝したのは記憶に新しい所です。

 この若手が活躍する理由を考えてみますと、シードというものがほとんどなく、他の棋戦と比較して下のクラスの人達が勝ち上がりやすいことと、持ち時間が短く、秒読みの展開になることが多いのが挙げられます。そして、若手が優勝すれば”次は俺だ”と思うのは自然の摂理で、この点も見逃せません。

 さて、対戦相手の泉六段は居飛車党の本格派で、とても渋い、玄人受けする将棋です。

 (以下略)

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「しかし、家に私が帰る時は何事もなく平静そのものでした」

将棋界では昔から、「竜王・名人級の棋士と一緒に飛行機に乗ると絶対に落ちない」と信じられていた。

飛行機嫌いの棋士が飛行機に乗るとき

そういう意味では、方向性は少し異なるけれども、この理論を強力に後押しする事例と言えるだろう。

豊島将之竜王・名人は飛行機が苦手だが、落ちるのが怖いのではなく、乗り心地などを含めて総合的に苦手なのだろうから、「竜王・名人級の棋士と一緒に飛行機に乗ると絶対に落ちない」は豊島竜王・名人に対しては、あまり説得力を持たない言葉であるに違いない。

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「この若手が活躍する理由を考えてみますと、シードというものがほとんどなく、他の棋戦と比較して下のクラスの人達が勝ち上がりやすいことと、持ち時間が短く、秒読みの展開になることが多いのが挙げられます」

現在で言えば、二次予選がなく、一次予選だけでリーグ入りまたは本戦トーナメント入りできる王位戦と棋王戦が、シードに該当するポスト数が少ない棋戦と言えるかもしれない。

とはいえ、勝ち上がって挑戦するまでの道のりはどの棋戦も同じように大変なわけで、気が遠くなりそうな世界であることに変わりはない。