飛行機嫌いの棋士が飛行機に乗るとき

将棋マガジン1987年8月号、コラム「棋士達の話」より。

  • 悲運の名棋士、などというがこれは全くのウソ。名棋士と呼ばれるまでには運がなくてはダメだからだ。10年程前仙台地震の時東京でも相当ゆれたが、そこに中原名人がいたので誰もあわてなかった。でも他が全滅で名人だけが残ったりして……。

  • 森九段は名前が雞二と鳥がついているが飛行機が嫌い。タイトル戦の時でも列車の乗り継ぎで移動した。でも「名人と一緒なら乗っても良い」という。名人同乗なら落ちない、という意味なのか、刺し違えるのなら望むところ、かは聞き逃した。

  • 対局で気後れしたらまず勝てない。難局の時も自己の実力と運を信じて指すものだ。加藤治郎名誉九段曰く「こじつけでもいいから自分に言う。技量は同じ、体力も同じ、だが今日はオレの方が爪が長い。だから勝つ」と。ウーム、勝負とは何?

  • 棋士達は対局中に飲み物に気を使う者が多い。森九段のミネラルウォーターは有名だが烏龍茶党も多く、神吉四段は20本も並べて対局する。浦野五段は最近維力(ウイリー)をよく飲むというが効果はてきめんで、10連勝で昇級を果たした。

  • 将棋年鑑は今62年版を制作中。今年も棋士にアンケート調査をしているがそれぞれの個性が感じられる。高橋二冠王の尊敬する人は、なんと将棋マガジン編集部。斉藤由貴さんとの対談を企画したことへの感謝もあるのだろうが、見る目がある。

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「竜王・名人級の棋士と一緒に飛行機に乗ると絶対に落ちない」と、古くから将棋界では信じられているようだ。

事例としては、

先崎学五段(当時)
「帰りの飛行機は揺れた。僕は飛行機というものがあんなに揺れるとは思わなかった。だが羽生が隣に座っているから落ちないと思った。この気持ちなんとなくわかっていただけると思う」(1992年『一葉の写真』より)

神吉宏充五段(当時)
「飛行機に乗るのはどうも苦手で、理由は堕ちるのがコワイから。やっぱりアナタ、重たい私が宙に浮いていたら、ニュートンの法則では落ちるのが当たり前。でも現在の優秀な飛行機なら、まずそんな心配はないと思う。が、何万分の1の確率を心配する昨今、やはり世の中に大事な人間とか、運のいいヤツが同乗していれば完璧にその杞憂は吹き飛ぶ。そう、将棋界でいえば谷川竜王、羽生王座、それに最近では郷田先生なんかおいしいところ」(将棋世界1993年1月号「対局室25時 大阪」より)

廣津久雄八段(当時)
「実に5年ぶりに九州で対局することが決まったとたんに、北海道で東亜国内航空機の墜落事故が起こってしまった。そのことは第1局の昼食休憩の時などに話題となったのだが、「まあ、二度とは起こらんでしょう」と話し合い、飛行機の切符を買ったところが今度は岩手での全日空機と自衛隊機の衝突事故が発生してしまった。さあ、大変、今秋結婚式を挙げる中原十段は本誌9月号の石垣純二氏との対談で「中原さんは飛行機事故には気をつけた方がいい」と暗示をかけられたこともあって「まだ死にたくないですね」と拒絶反応。そればかりか、飛行機に乗りなれているはずの王位までもが「二度あることは三度ある。いつかの時もそうだったですよね」と逃げ腰になってしまった。ただ立会人の広津八段だけは「これだけ運の強い人が二人も乗るのだから」と大船に乗った恰好だったが、もし落ちたら、ことは大変である。しかし、八方手をつくしたにもかかわらず、とうとう汽車の切符は取れず”決死の博多行き”となった」
(将棋世界1971年11月号、能智映さんの第12期王位戦七番勝負(大山康晴王位-中原誠棋聖)「予想通りの白熱戦」より)

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「こじつけでもいいから自分に言う。技量は同じ、体力も同じ、だが今日はオレの方が爪が長い。だから勝つ」

これは、将棋大会がある日にぜひ実践してみたい。

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維力(ウイリー)は、ポッカコーポレーション(現・ポッカサッポロフード&ビバレッジ)が中国のスポーツドリンクをもとに開発した飲料で、1987年から発売された。中国産の植物エキスが配合されているのが特徴であったという。

Wikipediaの記述によると、

配合された植物エキスによる酸味とすっきりした甘味が特徴であったが、独特の味のため消費者の好みは分かれ、販売実績は芳しくなかった。後年、独特の味を薄め、スポーツ飲料であることを前面に打ち出した維力スポーツにリニューアルされたが、1990年代前半には姿を消した。

独特の味というのが気になるが、何か効果がありそうに思える飲料だ。