将棋世界1993年12月号、天野竜太郎さんの第6期竜王戦七番勝負第1局〔羽生善治竜王-佐藤康光七段〕観戦記「羽生マジック冴える」より。
佐藤が、挑戦者に決まったとき今年の竜王戦は面白いぞと思った。というよりは、挑戦者決定戦が、佐藤-森内になったときにどちらが勝ってもと思ったといったほうが正確か。
佐藤は羽生と3勝5敗。森内は4勝6敗。羽生とこのくらいの番数を指して2番しか負け越していない棋士はざらにはいない。
夏の羽生-郷田の王位戦に続くこの世代2度目のタイトル戦。
羽生-佐藤の公式戦は、去年の竜王戦挑戦者決定戦以来である。おそらく、二人ともわくわくするような楽しみで待ったいた面もあったと思う。
挑戦者になった後の佐藤の「羽生さんとの差を縮めたい」という話は彼らしいと思った。
関係者を含めた対局者一行が、シンガポールに着いたのは、日曜日の夕方。翌日に市内観光、火曜日には前夜祭が行われた。この前夜祭には、恒例となった竜王戦観戦ツアーのお客さんも参加している。何人かの方に聞いたのだが、互角の勝負と思っている方が多いのがちょっと面白かった。
五冠王とノンタイトルホルダーの対決だから、当然羽生有利の予想が多いのかなと思っていたのだが。特に年配の方にこの予想が多かった。
前夜祭では、対局者への簡単な質問もあったが、佐藤の落ち着きが特に印象に残った。
(中略)
対局室は、ジャパニーズスイートと呼ばれているそうで、畳以外、陶器などの置物はすべて元からあった物。
定刻9時の15分程前に佐藤が入室。暫くして羽生が現れ上座へ。ツアーのお客さんの見守る中、駒が並べられていった。
振り駒で羽生の先手が決まり、▲2六歩にひとしきりフラッシュの音がした後、対局者と記録の豊川四段を残してみな室外へ。
(中略)
1図以下の指し手
△8二飛▲3四飛△4二玉▲3六飛△7四歩(2図)▲3六飛と寄ったところで佐藤が長考に入った。
1図で△3三金と上がれば、ヒネリ飛車へ。44分の長考で△8二飛。「やるなあ」控え室では一寸した歓声が上がった。
大事な1局目である。平凡な△3三金を選びそうなものだが、そこを△8二飛。硬くならずに気持ち良く指せているという感じがする。以前羽生が、佐藤を評して「将棋を学問として捉えている。最近の若手の中では珍しいタイプ」と語っていたが、そのせいもあるのかもしれない。
最近は△3三金という手が普通ではなくなってきているらしい。序盤戦術の移り変わりの早さには驚かされる。
(中略)
昼休再開後の羽生の指し手は▲3四飛、こうでなくっちゃ。この辺りから盤上は一気にスローダウン。午後の指し手は僅かに4手。
佐藤は自分の手番になると前傾姿勢を取りリズムを取るような所作を見せる。故・塚田正夫名誉十段に似ているとの声あり。なるほどなあと思う。羽生は時折頭を抱え込むような格好になったり、手を頬にあて顎を引き気味にしたりと動きが大きい。なんとなく二人の性格を表しているようで見ていると面白い。
△7四歩の局面で羽生が次の一手を封じた。
夕食後、すごいスコールがくる。雷とともに日本では滅多に見られない稲妻が続けて走り、一日目が暮れた。
2図以下の指し手
▲1五歩△同歩▲5八玉△4四角▲1四歩△5二金▲1五香△1二歩(3図)封じ手は▲1五歩。これは控え室でも予想していた手で、狙いは△1五同歩に▲1二歩△同香▲1三歩△同香▲1四歩△同香▲3四飛。ただし、これは解説用手順で▲3四飛の後△8六歩で困る。そこで、▲1二歩で▲1三歩と控えて打つ。これだと△8六歩に▲8五歩と打てる。
ところが、△1五同歩に▲5八玉。これには控え室一同首をひねるばかり。立会の西村、小林両八段は「我々よりずっと強い人の指し手だから」となんとなく卑下ぎみ。これに対し「予定変更でしょう。プロなら一目」と喝破したのは森九段。
流石の意見で、羽生も一晩寝て▲1五歩以下の手順に自信がなくなったと感想戦で話していた。▲5八玉△4四角を交換して、▲1四歩。できれば▲1三歩と打ちたいのだが、それは△1三同香▲1四歩△3五歩▲2六飛△1四香▲2四歩△2二銀で指し過ぎになる。そこで▲1四歩。佐藤は先手の1五香と浮いた形に満足して△1二歩(3図)。
ここからが本局のクライマックスだった。
3図以下の指し手
▲8七歩△3三金▲8六歩△5四歩▲8五歩△2四金(4図)▲8七歩~▲8六歩~▲8五歩!
何とも言い様のない手順だった。理解不能!2手損しながら歩を8五まで伸ばす。喧々囂々の控え室。この謎は、結局感想戦でもはっきりと明かされることはなかった。3三金の形を待ったということ自体は確かなのかもしれないが。
昼休再開後に羽生にらみとともに指された▲8五歩に対し、佐藤△2四金の駒音が気持ちいいまでに響きわたった。
4図から5図にかけてはお互いに利かせるだけ利かすというプロらしい攻防。
(中略)
5図以下の指し手
△7六歩▲同飛△6五歩▲7四歩△6四銀▲8四歩△同飛▲8六飛(6図)5図からの数手で形勢が揺れ動いたようだ。
佐藤の△7六歩。指されたときは巧い手だなあ、と思われたが、ここは平凡に△6五歩が良く、▲8四歩△7五角▲8三歩成△8六角▲同角△8三飛▲8四歩△8二飛(△同飛は▲3一角成△同玉▲7五角)▲6四歩△7四銀▲7五歩△8四飛で後手良さそうと感想戦で二人の意見が一致していた。
「▲8四歩を見落としていました」という佐藤の感想があるが、この辺り3図以下の羽生マジックの毒が徐々に頭の中に回ってきていたのかもしれない。
飛車交換になっては、形勢不明になったようだ。
(以下略)
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「羽生さんとの差を縮めたい」
この思いが、羽生世代の棋士同士の切磋琢磨となって、羽生世代棋士の盤石の時代を築く。
「羽生世代」という文字を見ると、いつも「切磋琢磨」という言葉が一番最初に浮かんでくる。
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「以前羽生が、佐藤を評して『将棋を学問として捉えている。最近の若手の中では珍しいタイプ』と語っていたが」
そのことが明確に表れている事例がある。
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「羽生も一晩寝て▲1五歩以下の手順に自信がなくなったと感想戦で話していた」
封じ手の局面によっては、封じ手をした側が、その後の展開を一晩中考えることができるというメリットがある場合もあることがわかる。
しかし、一晩中気になって気が休まらないというケースも考えられ、封じ手をした方が有利なのかそうではないのかは、永遠にケースバイケース、あるいはわからないということになるのだろう。
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「何とも言い様のない手順だった。理解不能!2手損しながら歩を8五まで伸ばす。喧々囂々の控え室。この謎は、結局感想戦でもはっきりと明かされることはなかった」
本局は羽生善治竜王(当時)が勝っている。
3図からの▲8七歩~▲8六歩~▲8五歩は、意味をくみ取ることは難しいけれども、嬉しくなるような手順。
即効薬系ではなく漢方薬系の羽生マジックと考えることもできそうだ。