谷川浩司王将(当時)「最後の最後で、羽生名人の七冠独占を阻止する事ができた。そして、タイトル戦での連敗もやっと7で止めた」

将棋マガジン1995年6月号、谷川浩司王将(当時)の第44期王将戦七番勝負第7局〔対 羽生善治六冠〕自戦記「充実した一日」より。

王将戦第7局。将棋マガジン同じ号より、撮影は弦巻勝さん。

 A図で羽生名人が24分考えたところで昼食休憩になった。

 部屋に戻って浴衣に着替えて、カレーライスを食べる。もう一度和服を着ながら、気合いを入れ直した。

 約5時間後には、どちらにしても決着がつく―。

 午後1時半、再開。

 飛車をいじめるとすれば▲6六銀か▲6六金だが、A図から△3六歩と銀を取った形は後手玉が盤石なので一旦は▲3五同銀△同銀だろうか。

 しかし、それから▲6六金というのも指しにくい手だし―。

 2時2分。羽生名人の手が伸びた。だが、その手順は私には少々意外なものだった。

 ▲3五同銀△同銀▲3七香。

 羽生名人の意図はすぐ判った。千日手狙いである。

 ただ、A図ではこちらもあまり自信がなかっただけに、ホッとしたのも事実である。

 23分考えて△3六歩。以下、▲同香△同銀▲同飛△3四香▲3五歩△同香▲2六飛。ここで、とりあえず△1五銀▲2五飛△2四銀引▲2六飛の4手を指してから、もう一度腰を落とした。

 打開するとすれば△1五銀▲2五飛△2四銀上だが、これは自玉が弱すぎる。

 ▲1五飛△同銀の後、▲4一銀でも▲7三歩成でも自信が持てない。

 8分。もう一局指す事に決めた。そして、指し直し局での作戦も決めた。

 2時52分、千日手成立。1時間休憩という事で、再開は4時となった。

 部屋にもどって、ケーキと果物を食べる。もう食事の休憩はない。

 少し汗をかいたので、部屋の内風呂に入った。

 指し直し局は先手番になる。持ち時間は1時間近く多い。第6局からの悪い流れは断ち切ることができた、と言い聞かせて対局室に向かった。

(中略)

 こうして2図。40手目まで千日手局と同一手順で進んだ。

 まるで自分と指しているような妙な気分だったが、実戦心理というのは不思議なもので、後手番の時に自信がなかった変化が、先手側を持ってみるとまた自信がなくなってくるのである。

 2図まで、千日手局で要した時間は8時間以上。指し直し局は僅か1時間で飛ばした。

 千日手局では、羽生名人は▲7五歩△同歩▲7四歩△6二角▲6五歩と動いてきたのだが、これは少々意外だった。

 本譜の▲3五歩は、こう指されたら嫌だな、と思っていた手である。

(中略)

 ▲1六桂と打って、ここで投了されるだろうとは思っていたが、羽生名人が投了した時は体から力が抜けていくようだった。

 最後の最後で、羽生名人の七冠独占を阻止する事ができた。そして、タイトル戦での連敗もやっと7で止めた。

 ただ、実際問題としては、持っていたタイトルを防衛しただけに過ぎない。羽生名人からタイトルを一つ二つ取り返す事ができてはじめて、「勝負」という形になってゆくのだと思う。

 とにかく、連敗を止めた事によって、精神的なプレッシャーからは解放された。

 次のタイトル戦が重要だ、と思っている。

王将戦第7局。将棋世界1995年5月号より、撮影は弦巻勝さん。

* * * * *

「部屋に戻って浴衣に着替えて、カレーライスを食べる。もう一度和服を着ながら、気合いを入れ直した」

部屋に戻って和服から普段着に着替えて昼食、というパターンは現代では半ば定跡化されているが、浴衣は言われてみると、普段着よりも手間がかからず合理的な感じがする。

* * * * *

「千日手成立。1時間休憩という事で、再開は4時となった。部屋にもどって、ケーキと果物を食べる。もう食事の休憩はない。少し汗をかいたので、部屋の内風呂に入った」

ここで風呂に入るというのが非常に斬新だ。

風呂に入る前におやつを食べるか、風呂に入ってからおやつを食べるか迷いそうなところだが、おやつを食べている最中に風呂に入ろうと思い立った可能性も強い。

* * * * *

「第6局からの悪い流れは断ち切ることができた、と言い聞かせて対局室に向かった」

この七番勝負は、第6局まで谷川浩司王将(当時)から見て、○○●●○●。

第6局は、谷川王将が大優勢の将棋を、一手の悪手で逆転負けしてしまっていた。

* * * * *

「40手目まで千日手局と同一手順で進んだ」

控え室の森内俊之七段(当時)は、早い段階で「25手目まで同じになるのでは」と予言していた。

対局場が恐山にも近い青森県の「奥入瀬渓流グランドホテル」であったため、森内七段には霊媒師の才能があるのではないかと言う棋士もいたほどだった。

実際には更に15手、同一手順で進行する。

指し直し局が千日手局と同じように進んだ例は非常に珍しく、お互いを認めていないと出現しないという。

* * * * *

「まるで自分と指しているような妙な気分だったが、実戦心理というのは不思議なもので、後手番の時に自信がなかった変化が、先手側を持ってみるとまた自信がなくなってくるのである」

「隣の芝生は青く見える」の心理と同じなのか違うのかは分からないが、このようなところも将棋の奥深さなのだと思う。

子供の頃、すれ違う列車がもの凄いスピードを出しているのに、どうして自分が乗っている汽車はいつもスピードが遅いのだろうと、いじけてしまいそうになることがあった。この理由は中学か高校の時に分かったが、もちろんこれとは明らかに違う。

* * * * *

「ここで投了されるだろうとは思っていたが、羽生名人が投了した時は体から力が抜けていくようだった。最後の最後で、羽生名人の七冠独占を阻止する事ができた。そして、タイトル戦での連敗もやっと7で止めた。ただ、実際問題としては、持っていたタイトルを防衛しただけに過ぎない。羽生名人からタイトルを一つ二つ取り返す事ができてはじめて、『勝負』という形になってゆくのだと思う」

それまで将棋界のトップを走っていた谷川王将としては、自分のせいで六冠を許してしまったという思いもあっただろうし、自分の目の前で七冠を達成させるわけにはいかないということもあっただろうし、第1局の直後に阪神淡路大震災が起きたことも加わり、この七番勝負には特別の感慨があったはずだ。

そのような意味でも、上の言葉は、谷川王将の心情を余すことなく伝えていると思う。

* * * * *

王将戦第7局、鈴木輝彦七段(当時)による観戦記

「クライマックスはしめやかに」