羽生善治四冠(当時)「まぁ、彼らしいですけどねぇ」

NHK将棋講座1996年7月号、いとせなつみさんの「羽生と森内には不思議な縁があった」より。

 あるとき、テレビ対局で森内の将棋を羽生が解説していた。最近では忙しすぎるためか、なかなか羽生解説を聞く機会がないけれど、彼の話は、とても筋道がはっきりしていて、しかも難しすぎず、わかりやすい。そして、客観的で、的確だ(当たり前か)。けれど、そのときはちょっと様子が違っていた。

 森内が端から攻撃を仕掛けた。局面は忘れたけれど、素人目にも突然という感じがする手のつくり方だったような覚えがある。

 羽生先生の解説は、というと、「普通はねぇ、プロ棋士ならこういう手は指さないんですけどねぇ」とか言いながら、でもなぜか、妙にニコニコして楽しそうなんである。「まぁ、彼らしいですけどねぇ」とも言っていた気がする。とにかく、その、ニコニコ顔を見て、羽生のほうは、森内に対して何か思い入れがあるんだろうな、と私は思った。幼なじみとしてなのか、友だちとしてなのか、それとも、これからのライバルとしてなのか、それはわからないけれど。

 この話はもうひとつエピソードがあって、このときの将棋の戦型はちょっと変わった5筋位取りの中飛車。それを羽生はすぐあとの将棋に使ったのだ。それが、2年前の名人戦、米長名人に羽生が挑んだときの第1局だった。その将棋を見たとき、「羽生と森内には不思議な縁がある」という自分の説に、私はさらに自信を持ったのである。

 一方、森内のほうは羽生のことをどう思っているんだろうか。

 いわゆる羽生フィーバーのさなか、棋界では、あまりの大騒ぎに逆に他人事のような空気がただよいはじめたころ「あんなに忙しくては、からだが持たないんじゃないか」と、森内がほんとうに心配そうに言うのを聞いたことがある。その口調は、友だちとして、ともとれたし、自分の目標に簡単に崩れてほしくない、というふうにも感じられた。

 これは森内に限らず、本気で羽生を目標にしているプロに共通していることだと思うが、彼らは、あまり目の前の勝負にこだわっていないような気がする。勝負、ということだけなら、他力、つまり、相手が調子を落とすとか、そういうことも勝負のうち、ということになるが、彼らは、最高の状態でいる羽生に勝つ、ということを目標に、そのためには日々をどう暮せばいいか、と考えているように思う。だから、ちょっと奇妙な感じもするが、羽生のことをほんとうに大切に思っている。

(以下略)

1996年名人戦第1局前夜祭。「もう少し近寄ってください」というカメラマンの注文に、顔を見合わせる羽生善治名人と森内俊之八段。将棋世界1996年6月号より、撮影は中野英伴さん。

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「普通はねぇ、プロ棋士ならこういう手は指さないんですけどねぇ」

棋士同士なので、気の置けない仲間というわけではないけれども、少年時代の昔に戻ったような羽生善治四冠(当時)の遠慮のない解説が面白い。

妙にニコニコして楽しそうなのが、またいい。

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「このときの将棋の戦型はちょっと変わった5筋位取りの中飛車。それを羽生はすぐあとの将棋に使ったのだ」

羽生四冠は、5筋位取り中飛車を採用した名人戦第1局で勝っている。

羽生九段は、5筋位取り中飛車を振り飛車の中では有力な戦法として位置付けている。

羽生善治四冠(当時)が「アアッー、飛車!」と驚いた村山聖七段(当時)指摘の一手

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「彼らは、最高の状態でいる羽生に勝つ、ということを目標に、そのためには日々をどう暮せばいいか、と考えているように思う。だから、ちょっと奇妙な感じもするが、羽生のことをほんとうに大切に思っている」

本当の意味で「勝負にこだわる」、ということはこのようなことなのだろう。

この1年半ほど前に、行方尚史四段(当時)も同様のことを書いている。

行方尚史四段(当時)「いつか羽生の将棋を僕が最大限引き出せるようになるまで、彼には絶対的な存在でいてほしい」

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