将棋世界1997年4月号、佐藤康光八段(当時)第55期A級順位戦〔対 島朗八段〕自戦記「全体的に押される」より。
◯月✕日 買い物に行くために車で渋谷に行く。ハチ公の交差点で赤信号のため停止していると突然助手席のドアが開き、見知らぬ女性が車に乗り込んできた。ドアのロックをしていなかった私も迂闊であったがさすがに驚く。
「足に怪我をしたので近くのデパート迄送って下さい。約束の時間に遅れるんです」と何かに訴えた目で見られる。
この様な局面ではどう対処すれば良いのだろう。本当に怪我をしているのかどうかも分からなかったがとっさに判断をしなければならない。
そこで信号が青になった。渋滞になってはまずい。とにかく乗せていく事にした。今流行のストーカーかとも思ったがどう考えてもおかしい。そしてよく見ると彼女はどう見ても女子高生である。
2、3分で着くのだがその間彼女はずっと明るく喋り続けた。途中意味不明の表現も飛び出し、年代の差を感じざるを得ない。
デパートに着くと「どうもありがとうございました」と突然丁寧な挨拶に変わって去っていった。どうもだまされたのか、親切だったのか、不思議な出来事ではあった。
(以下略)
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ハチ公前の交差点ということは、現在は渋谷スクランブル交差点と呼ばれている交差点。
渋谷スクランブル交差点と呼ばれるようになったのは、今世紀に入って、FIFAワールドカップやハロウィンで多くの人がこの交差点で盛り上がるようになってから。
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「ハチ公の交差点で赤信号のため停止していると突然助手席のドアが開き、見知らぬ女性が車に乗り込んできた」
このような経験は、100回生まれ変わっても一度も経験できないであろう非常に珍しい出来事だと思う。
佐藤康光八段(当時)は、とにかくビックリしたことだろう。
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「そこで信号が青になった。渋滞になってはまずい。とにかく乗せていく事にした」
近くのデパートなので、降りてほしいと説得している間に着いてしまうような距離。
相手がかなりヤバそうな人、あるいは相手が凶器を持っているのなら別の話になるが、瞬時の判断としては適切だったと思う。
ハチ公前の交差点から車で2、3分の所というと、東急百貨店本店で女性が降りていったと考えられる。
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「今流行のストーカーかとも思ったがどう考えてもおかしい。そしてよく見ると彼女はどう見ても女子高生である」
このような場合、相手がどういう女性か分からないわけで、乗り込まれる男性の方も半分命がけだが、乗り込む女性の方も、運転しているのが凶悪な男である可能性もあるわけで、そのままどこかへ連れ去られるリスクも抱えている。
車の中の佐藤康光八段の顔を見て、「この人なら大丈夫」と本能的に思って女性は乗り込んできたに違いない。
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「2、3分で着くのだがその間彼女はずっと明るく喋り続けた。途中意味不明の表現も飛び出し、年代の差を感じざるを得ない」
この頃の女子高生の独特の表現というと、「チョベリグ」、「チョベリバ」など。
「たまごっち」が大人気だった頃。
ガングロの女子高生も現れていた頃だ。
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佐藤康光八段の車が変わっていなかったとしたら、この車では様々なドラマがあったことになる。
→佐藤康光前竜王の車に羽生善治六冠と森内俊之七段が同乗した日
→佐藤康光名人(当時)「私の将棋は全面的に彼に認められていなかったと思う」
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佐藤康光九段ほどではないにしても、10年以上前に私も一度、不思議な体験をしたことがある。
飲み会が終わってから家に帰る途中の深夜2時過ぎ。
家の近所にあるナチュラルローソン(ローソンが首都圏に展開する健康志向の商品を扱うコンビニエンスストア)に寄った。
私は健康志向な人間ではないのだけれども、この店は広くて品揃えもバラエティに富んでいるので、飲み物などを買って帰ろうと考えたのだった。
深夜の店内は私一人。
立ち止まって商品をいろいろと眺めていると、目の前に女性が現れた。
「シフォンケーキ、美味しいよっ」
と言って、その女性は私の持つ買い物かごにシフォンケーキを入れた。
あまりにも突然なことでビックリするとともに、彼女が清楚な感じのなかなかの美人だったので更に驚いた。
「あ、、、はい、どうも……」
と私は反射的に言って、かごの中のシフォンケーキを見た。
そうなんだ、このシフォンケーキは美味しいのか、
でも、シフォンケーキって個人的にあまり興味がない、
これ買うことになるのかな、どうしよう、
などといろいろと考えた。時間にして20秒ほど。
ふと顔を上げると、彼女の姿はなかった。店内を探してみたが、店内は私一人。
そういえば、彼女の買い物かごはカラッポだった。
当然のことながらナンパではなさそうだし、新手の美人局でもなさそうだ。
何だったんだろう彼女は。でもなかなか綺麗な人だったな。
いろいろと考えた結果、彼女は単なる酔っ払いだったんだ、という結論に落ち着いた。
シフォンケーキは商品棚に戻しておいた。
突然すぎると驚くという事例。