将棋世界1997年6月号、先崎学六段(当時)の「先崎学の気楽にいこう」より。
順位戦が終わってから寝てばかりいる。外出するのは、家のそばの中華屋に行くか、ちょっと遠出をしても駅前のカレー屋に行くぐらいで、あとはずっと家の中。家で酒を飲む習慣はまったくといっていい程ないので、酒精と戯れることもなく、だから悪所へ近づくこともない。ベットの上で、本を読むか、映画を見るか、それに飽きると、押し入れの奥から、昔のサッカーのビデオを取り出してマラドーナのドリブルに酔いしれながら気がついたら眠っていたり。とにかく盤上のことだけは考えない。
そんな生活が5日間つづいた。さすがに腰のあたりが重くなった。
一人で横になっていると、否が応でも、様々なことを考え出すものである。まず考えたことは、体力を恢復しなければいけないということだった。といっても病気がちだからとかいうことではない。僕の体はお陰様で、元気を保っている。滅茶苦茶に健康ということもないが、さりとて病気らしい病気はしたことがない。風邪なんて3年に1回である。この場合の体力とは、一言でいえば、将棋をつづけるためのエネルギーの備蓄である。つづけるということは、頑張りつづけるということで、あの負けた時の全身の細胞が反乱を起こすような感じを持ちつづけるということである。その感じが、ちょっと薄れて来たかなという感触があった。
実際、将棋をやめたくなったことなんて2回や3回ではない。その度に、自分をうまくごまかして来た。やめたいと思うのは不純である。不純な気持ちで折り合いをつけるのは、不純に考えると楽だが、純情に考えだすと、えらくややこしくなることがある。そうして僕は、ややこしく悩むのである。
棋士という職業は、刺激的なようで、案外に同じことの繰り返しである。将棋に勝って笑い、負けて泣くだけ。将棋の渦の中をぐるぐる廻るだけで、沈むこともなければ、浮くこともない。漂えど沈まず、である。羽生は、「狂気の世界に入り口はあるけど出口はない」と語ったそうだが、将棋の世界そのものが狂気であるような感じである。
だが、当たり前すぎて書くことも憚られることだが、やめたくなっても、やめるわけにはいかない。将棋しか能のない人間が、将棋をやめることは、一種死ぬことである。現実には、アアもコウも言ってられないのである。僕は指して、勝って、負けて、笑って、泣いて、漂いつづけなければいけない。皆様においても、また。
死ぬわけにはいかないので、時々、こうして、家の中で小さくひっそりと死ぬのである。長い5日間だった。
(以下略)
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「不純な気持ちで折り合いをつけるのは、不純に考えると楽だが、純情に考えだすと、えらくややこしくなることがある」
我が身を振り返り、日常の様々なことで不純な気持ちで折り合いをつけていることが多いかもしれない、と考えさせられた。
逆に、職業や仕事をやめるというような大きなことの時には、やはり純情に考え出してしまう部分も出てくるものなのかもしれない。
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「棋士という職業は、刺激的なようで、案外に同じことの繰り返しである。将棋に勝って笑い、負けて泣くだけ。将棋の渦の中をぐるぐる廻るだけで、沈むこともなければ、浮くこともない。漂えど沈まず、である」
どのような職業でも、このように感じてしまう時がある。
棋士という言葉を「広告会社の営業マン」、将棋を「競合コンペ」に置き換えても意味が通じる。
「刺激的なようで、案外に同じことの繰り返しである」と感じる時が落ち込んでいる時、「同じことの繰り返しなようで、案外に刺激的である」と感じる時が普通の時、「刺激的である」とだけ感じる時が好調な時、ということになるのだろう。
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「羽生は、『狂気の世界に入り口はあるけど出口はない」と語ったそうだが、将棋の世界そのものが狂気であるような感じである」
先崎学六段(当時)のこの言葉は名言だと思う。
羽生善治六冠(当時)が「狂気の世界に入り口はあるけど出口はない」と語ったのは、将棋世界1995年12月号でのこと。
→羽生善治六冠(当時)「自分の将棋が将来、どう評価されるだろうかというのは、けっこう考えますね」