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泉正樹四段(当時)「女なんて……。泉に女はいらないと、今度の観戦記に書いといて下さい」

将棋マガジン1984年8月号、川口篤さん(河口俊彦六段・当時)の「対局日誌」より。 新宿二丁目の仲通りを靖国通りに向かって、二本目の路地を右に曲がったところに「あり」という小さなバー。 さらに三本ほど先の小路の左側には「ぜいろん」がある。「...
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「幸福な家庭生活は、棋士の才能の芽をつみとることが多い」と言われていた時代

将棋マガジン1984年7月号、川口篤さん(河口俊彦六段・当時)の「対局日誌」より。 中央の間の、飯野-島戦は棋王戦の予選の決勝。ここ2年ばかり、忘れられそうな存在になりそうだった飯野も、昨年後半から勝ちはじめた。女性にモテることにかけては棋...
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中井広恵女流二段(当時)「二つも持っているんだから、私に一つください」

将棋マガジン1984年6月号、グラビア「第10期女流プロ名人位戦表彰式」より。 関根紀代子三段の挑戦を三タテで退けた林葉直子女流名人の表彰式が4月10日、東京・千代田区の「東條会館」で行われた。表彰状や賞金が授与された後、米長三冠王が壇上に...
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愛すべき金易二郎名誉九段

将棋マガジン1984年1月号、清水孝晏さんの「思い出の棋士たち」より。金易二郎名誉九段 昭和34年の秋、湯河原での対局(高島一岐代-二上達也・九段挑戦者決定戦)が早くおわったので帰り支度をしていると金先生も一緒にというので連れ立って駅にきて...
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「もしかしたら先生は優勝するつもりで来られたのですか」

将棋マガジン1984年3月号、日本将棋連盟囲碁部幹事の大野八一雄四段(当時)の「年の瀬は駒持つ指で石を打ち」より。 12月23日、東京・市ヶ谷の日本棋院で「日本将棋連盟囲碁部忘年囲碁大会」という長くて舌を噛みそうな会(参加資格は連盟関係者に...