「幸福な家庭生活は、棋士の才能の芽をつみとることが多い」と言われていた時代

将棋マガジン1984年7月号、川口篤さん(河口俊彦六段・当時)の「対局日誌」より。

 中央の間の、飯野-島戦は棋王戦の予選の決勝。ここ2年ばかり、忘れられそうな存在になりそうだった飯野も、昨年後半から勝ちはじめた。女性にモテることにかけては棋界中随一。

 それなのに早く結婚して、「なんてことをするんだ。もったいない」と仲間を呆れさせたが、赤ちゃんが生まれて今が可愛いさかり。それが好成績の原因らしい。こういうことはめったにないことである。すくなくとも、幸福な家庭生活は、棋士の才能の芽をつみとることが多い。

(以下略)

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「幸福な家庭生活は、棋士の才能の芽をつみとることが多い」

これは、伸び盛りの若手棋士に対して適用される言葉だったと考えられる。

幸福な家庭生活の定義は難しいところだが、「将棋以外の拠り所があると、かなり厳しい」という意味になるのだろうか。

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飯野健二五段(当時)は、「昔、グループサウンズでベースを弾いていた」と言われても不思議ではない、あるいは田丸昇九段が「アイドル歌手だった野口五郎を思わせる端正な容姿」と書くほどの美男子棋士だった。

→(飯野健二七段の20歳当時の写真)竜王戦で対局した相手は負ければ引退となる飯野健二七段(田丸昇のと金横歩き)

この時の赤ちゃんは、飯野愛女流1級のお姉さん。

飯野愛女流1級が生まれるのはこの2年後のことになる。

 

 

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