読む 勝浦修九段「子どもを弟子にしてくれませんか、と頼まれたんですよ。その子どもが小学生の森内くんでした」 将棋世界2002年8月号、勝浦修九段の「師匠から新名人へのメッセージ」より。 私が奨励会に入会したのが昭和37年。そのとき北海道から上京して東京の高校に通学することになったのですが、師匠の渡辺先生(東一名誉九段)が京須先生(行男八段)と生前... 2017.07.16 読む
読む 佐藤康光二冠(当時)「羽生さんは一番謎めいた部分が多い棋士だということです」 将棋世界2002年12月号、日本経済新聞の松本治人さんの「第50期王座戦を振り返って」より。 三冠対二冠の対決。事実上の棋界最強者決定戦と言われた今期王座戦は、接戦の予想を覆し羽生王座3連勝という圧倒的スコアの結果に終わった。羽生の力業であ... 2017.07.15 読む
読む 佐藤康光二冠(当時)「将棋で私が新手を指し、有力と認識されれば意義があるが、本当はまずく、その後被害?に遭われた方の例もある」 将棋世界2003年1月号、佐藤康光棋聖・王将の自戦記「接戦の一局」より。 前号で詳報があったが第2回国際将棋フォーラムは大成功のまま終了した。 日本独特の文化で最高の知能ゲームと思う将棋の世界交流は楽しい。国内とはまた違った良さがある。 次... 2017.07.13 読む
読む 三浦弘行八段(当時)「穴熊を攻めるには、7六へ歩を打ち、7七へ駒を打ち込むのが早い」 将棋世界2003年3月号、河口俊彦七段(当時)の「新・対局日誌」より。 森下対三浦戦は、1図の形から、三浦八段が△7五歩と仕掛け、▲同歩△3五歩、という将棋になった。 一発△7五歩と突き捨てるのが、この形では筋のようである。いつだったか三浦... 2017.07.09 読む
読む 羽生善治竜王(当時)の持ち駒に歩が14枚 将棋世界2003年2月号、第15期竜王戦〔阿部隆七段-羽生善治竜王〕第4局「阿部、執念の入玉策で逆転勝ちして2勝2敗」より。 阿部の▲2一飛成が鋭い寄せで、▲2三歩成(6図)で寄り形を築いた。以下は羽生の懸命な粘りによって、阿部が寄せを逃し... 2017.07.06 読む