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不憫だった駒の恩返し

将棋マガジン1992年1月号、鈴木輝彦七段(当時)の「万丈盤記’92」より。 阪田三吉名人・王将の「銀が泣いている」は有名な台詞だ。芝居にも映画にもなっているから多くの人が知っている。(中略) 最近では森安九段の「駒の声を聴いていますね」と...
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「勝負と文筆は感覚がかなり相反するものだから、先崎にどう作用するかが興味深いところだ」

近代将棋1992年2月号、「第50期順位戦」より。C級2組 1敗組は半分に減った。先崎と丸山が残った。全勝が2人いる時の1敗者は勝っても息つく暇がない。あとひとつでも負けたらおしまいだというその緊張感は、昇級よりむしろ降級感に似ているものが...
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泉正樹六段(当時)「これから先は、決して食事をしながら読まないでください」

将棋マガジン1991年11月号、泉正樹六段(当時)の「囲いの崩し方」より。 ”警告”これから先は、決して食事をしながら読まないでください。〔ヒント〕日本人においては、3人に1人の割合でかかる病。〔候補病名〕①盲腸 ②水虫 ③痔 どれもこれも...
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東西合同 棋士旅行会

近代将棋1991年12月号、武者野勝巳五段(当時)の「プロ棋界最前線」より。 東西合同の棋士旅行会が10月3、4日 愛知県渥美半島の伊良湖に60名近い棋士が参加して行われた。棋士旅行会は7年ぶりのことで、プロ棋士達は食事のあと囲碁や麻雀、カ...
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「あの人達は黙っているのが一番得意なの」

将棋マガジン1991年12月号、鈴木輝彦七段(当時)の「つれづれ随想録」より。「黙らせたら日本一」というのが将棋界で、感情を悟らせない事にかけては大変な集団である。 ある時、林葉女流名人の友達数人の女子大生が若手棋士と会ったが、「何もしゃべ...