東公平さんの名文

名観戦記者の代名詞といわれた東公平さんの、印象に残る文章を紹介したい。

中原誠十六世名人が「最も印象に残るタイトル戦」という、1972年の名人戦の、第5局が終わった段階での、将棋世界に掲載されたものの抜粋。

東公平さんは、このときの名人戦の第3局、そして、この後行われる第6局、第7局の観戦記を書いた。

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大山家には整備のゆき届いた三台の大型車がある。外見こそ違うが同型式で、3、4、5とナンバーがついている。名人は対局日には、たいてい前回休ませてあった車を選んで、ほんの少しずつ差のある乗り心地を楽しみながら出発する。

ナンバー2は最近あまり使わないけれども型式が同じだし少し、手入れをすれば3、4、5に劣らぬ性能を発揮する。さらに車庫の奥には、昔乗りまわしたスポーツカーが一台しまってある。愛称を”ヤグラ号”といって、緊急の際には慎重にブレーキ等の点検をしてから使用するつもりである。

中原青年はスポーツカーが好きだ。スピードの勝負なら誰にも負けない性能と運転技術を持っている。が、奇妙に、大山さんの大型車に出会うとエンコを起こすくせのある車が一台ある。”ボーギン号”である。

ファンは「二回も負けたんだからあれはおよしなさいよ」と忠告する。しかし青年には納得できないところがある。

「守りの駒は美しい」-大山語録の中でも、私の最も好きな言葉。

「中将棋をやった影響があると思いますが私はいつも、駒に”足”をつけて指すように心がけています」-大山さんの話。

第5局、▲5六銀までの局面を新聞社速報デスクの上の盤に並べて、中原さんの次の手を知らせる電話を待ちながら、きれいな形だな…ただそれだけを思っていた。将棋の好きな記者に「棒銀が遊んじゃってる。中原さんが不利でしょう?」とたずねられた。「さあ。形勢はわかりませんけれど、この大山さんの陣形、きれいだと思いませんか」と返事をした。

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私が中学3年の時に読んで心に残った文章だが、今でも名文だと思う。

中原青年の”ボーギン号”は第5局でもエンコをしてしまった。

東公平さんが「この大山さんの陣形、きれいだと思いませんか」と言った局面は次の局面。

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カド番の中原挑戦者の反撃は、第6局から開始される。