藤井猛九段の気さくさと、森内俊之九段の気配り。
近代将棋2001年3月号、マジシャン小林恵子さんの「上海将棋観戦旅行」より。
最新四間飛車を求めて、上海で行われた竜王戦第1局(藤井猛竜王-羽生善治五冠戦)の海外対局を観戦しにきた私ですが、現地の料理もしっかり堪能してきました。
(中略)
昼過ぎの控室に対局者の藤井竜王がいらした。私の顔を見た瞬間、
「あれっ、来たの! いつから?」とうれしそうに声をかけてくれた。
「一昨日の夜からです。やっとお会いできました。がんばってくださいね」と挨拶をした。
対局中にお会いできるなんて、もしかしたら優勢なのかしら? 結局上海での対局は藤井竜王の勝利になった。
(中略)
部屋で将棋を指していると電話が鳴る。森内俊之八段からだった。打ち上げの席が一段落ついたらしい。
「じゃあ、上のラウンジででも軽く一杯いきますか?」とお誘いをする。
ラウンジに着くと、森内さんがキョロキョロしている。するとカウンターに座っていた二人に気がついた。
藤井さんと記録係を務めた伊奈祐介四段だった。
「一緒にいいですか?」と森内さん。いいも悪いもない、大歓迎だ。事前に誘ってくださっていたのか、それとも偶然なのか! 森内さんの気配りはさりげなく優しい。
「えっと…」と伊奈さんを紹介しようとする藤井さんに、先日、銀河戦のお好み対局で伊奈さんに将棋を教えてもらった話をする。
「なんだー、僕よりも深い仲なんですね!」と笑っていた。
早速、今日の将棋の話となる。
「羽生さんは相振りの予定ではなかったんですか?」と聞く。
「もし、羽生さんが飛車を振る気ならもっと早く振っているでしょう。羽生さんに限って、振るつもりで角上がりをうっかりすることはないですよ」など対局者本人から貴重な話をたくさん聞くことができた。
話は変わりマジックを披露することになる。まずは私の師匠・柳田がスーパーテクニックのマジックを披露した。
「えー、藤井さーん。なんでなんでーどうしてー」と感動のあまり、藤井さんを軽くバンバンと叩きながら答えを求める伊奈さん。
藤井さんは、
「俺だってわからないよー」と笑い飛ばし、「伊奈くん。これだ! これっ。女の子にもてるよ」と伊奈さんをマジックの道に勧誘をする。
いろいろと話しているうちに、藤井さんって、とっても気さくでみんなに慕われている棋士なんだなーと、人柄のよさがうかがえた。
(中略)
振り駒の話題になった。以前、全日本プロトーナメントを観戦したとき、朝日新聞に「将棋ファンのマジシャン小林恵子さんが応援にかけつけてくれた」と観戦記者の東公平さんに書いていただいたことがあった。
「野球で始球式を芸能人がつとめるように、これからの将棋は、振り駒を芸能人が行う時代になるかもしれない。しかし、マジシャンが振り駒をするのは問題かも…」とそえられて。
柳田いわく、マジシャンなら練習すれば、振り駒のオモテウラは自由にコントロールができるというが、いまのところできません。
すると、「伊奈くん。これだよー!」と藤井さんが話しに乗ってきた。
「そんなことできたらすごいな~」
「タイトル戦の初日と最終局だけでもいいね」
「小林さん、3万円でどう?」
「それは安すぎますよー」
上海の楽しい夜は、あっという間に過ぎていった。
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芸能人がタイトル戦の初日に振り駒を行うというのは、かなりな妙案だと思う。
ネット中継が更に賑やかになりそうだ。