将棋マガジン1993年11月号、鈴木宏彦さんの「青年五冠王に聞く」より。
―プライベートなこともうかがいましょう。英会話も習っているとか。
羽生 いま夏休み中ですが、半年くらい学校に通いました。上達はあまり。高校の頃に勉強をさぼったのが、響いています(笑)。
―車の免許は。
羽生 二年前に取りました。いま、ビスタに乗っています。普段乗るのは対局のときくらい。
―パソコンは。
羽生 将棋の研究、ゲーム、たまにパソコン通信。
―お酒は。
羽生 たまに、ビールかワインか日本酒。
―七月に百面指しをやった。
羽生 将棋世界の企画。四時間で全部終わったのが不思議でした。成績は64勝36敗。将棋を指したというより、スポーツをしていい汗をかいたという感じでした。
―ファンレター。
羽生 たまに。でも、女性ファンの数は限られています。
―食事は。
羽生 朝は自炊。ご飯も自分で炊きます。昼、夜は外食。
―掃除、洗濯。
羽生 これも自分で気が向いた時に。
―買い物は。
羽生 まとめて。特にブランドにこだわりはありません。
―恋愛は。
羽生 時間が限られているので、そちらに全力投球というわけにいかないのが現状です。
―なんとなく、含みがありますね。
羽生 そんなことはありません(笑)。
―結婚は。
羽生 三十までにしたい。でも、こればかりは自分一人で決めるわけにはいきませんから。
―独り暮らしをはじめたきっかけは。
羽生 独り暮らしにはいい点と悪い点があるけど、実家から通っているとダメになるような気がした。家にいれば楽なんですが、同時に活気もなくなってしまう。
―今度は将棋の話。四段になった時と比べてどのくらい強くなったか。
羽生 香一本くらい。本格的に序盤の研究をするようになったのはここ二、三年です。
―では、現在の羽生善治は最強か。
羽生 これは分からない。全盛期の大山先生と対局してみたいとは思います。実際に盤の前に座って対戦してみないと、本当のことは分かりません。
(中略)
―羽生さんの生活はきちんとしすぎという声がある。一人でなにもかもやって、ストレスはたまりませんか。
―そんなにきちんとしていませんから。疲れている時は家でぐたっとしています。一人でゆっくりしているのが好きなんです。
―島七段の説。「羽生君は序盤から終盤まで、ずっと細かく読んでいっても精神疲労がない」
羽生 若いからです。みんなそうでしょう。
(中略)
―「羽生の頭脳」が好評です。プロも参考にしているとか。
羽生 ありがたいことです。でも、中身はプロなら知っていることばかりです。
―あれだけ出し惜しみをしていない本は珍しいという声を聞きます。それは自信ですか。
羽生 定跡はどんどん変化していくものだから、出し惜しむ必要がない。自信があるからではなくて、隠す必要がないんです。それに、自分一人の研究では限界があります。
―最後に夢の七冠王の可能性について。
羽生 ゼロからスタートして、ようやく半分くらい来たという気持ちです。七冠を取れるかどうかは分かりませんが、可能性があるのは若いうちだけでしょう。だから狙うとしたら、今のうち、特にここ一、二年のうちだと思っています。
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同じ号の、北島忠雄三段(当時)の「記録係の見たタイトル戦」では、次のように書かれている。
打ち上げの席はホテル内のラウンジを用意して頂いた。羽生先生と同席だった僕はさっそく個人的な質問攻撃を開始した。まさか記録係は仮の姿で、実はマガジンのスパイだなんて羽生先生も知りうる筈がない。
朝食は御飯を炊いて味噌汁と焼魚を自分で作るとか(天才羽生の頭脳という印象が強いため、何となく可愛らしい)、道端で女子高生に呼び止められ、プレゼントをもらった話などなど。
(以下略)
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焼魚と味噌汁とご飯の朝食。
これは、旅館で行われるタイトル戦での朝食の基本パターンだ。
普段からタイトル戦に備えペースを作っている、というのは考え過ぎかもしれないが、そのように思えてしまうところが、羽生二冠のすごさだ。
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私も学生時代に自炊をしていた時期があったが、後片付けが面倒なので半年ほどで止めてしまった。
カレーを一気に作っておいて複数回食べるような手筋を使わずに、焼魚を自分で作る羽生五冠(当時)。
味噌汁を一人前だけ作るというのも意外と難しい。
朝食のことだけを見ても、やはり”強い意志”というものが、羽生二冠を表わすキーワードの一つになるのだと思う。
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逆に考えると、朝食を作る手間があったから、(当時有名だった)寝癖を直すことに費やす時間がなくなってしまったのかもしれない。